お盆があけ、日本では大気が不安定ですが、
少し前まで毎日とっても暑かったですねー

8月上旬、イランのバンダル・マフシャフルでは74度を記録したとか!?

74度!?
ありえへん~
って思った方は沢山いるのではないでしょうか?

私も最初聞いた時、一瞬耳を疑ったが、真夏のイランに行った時のことを思い出し、
イランならあり得るかも・・・って思いました。

私がイランに行ったのは7月中旬過ぎら8月上旬にかけて。

暑いことは覚悟してたけど、ここまで暑いとは思ってもなかった・・・

前回、イラン南部、ホルムズ海沿いのバンダルアッバーの暑さを紹介しましたが、
「イランで74度(バンダルアッバー編)」
今回は、イラク、クエート国境近くのアッファーズに行った時の話を。

アフワーズは、クエートとイラクの国境付近の町。
今回74度を記録したバンダル・マフシャフルと近い。

私が体験したアフワーズの暑さと似ているのかもね。
あの暑さは、思いだすだけで恐ろしい・・・


アフワーズへは、国内線で一気に飛んだ。
(イランは原油国の為、交通機関の料金が激安。
2000年当時、国内線だと片道1000円ほど。
長距離バスだと400円以下だった。)

飛行機が降下すると、炎が点在していた。
これはいったい何!?
始めて見る光景に一瞬理解できなかったが、アフワーズはイラン有数の産油地帯だった事を思い出した。
油田の炎だった。

飛行機がさらに降下し、地面が近づいてくると、機内の冷房が止まったと思うくらい暑くなってきた。
この暑さは何!?

機内は暑くなったままアフワーズに到着した。

飛行機のドアを開けると、機内に熱風が入ってきた。
タラップに出ると、熱風が襲ってきたが、「バンダルアッバーに比べたら、そんなに暑くない!」と瞬時に思った。

しかし、それはまだ機内での冷房の余韻があったから。

機内から出ると、温度はどんどん上がり、あっという間に43度になった。
その後、どんどん温度計の針は上がり、MAX50度の目盛をぶっちぎっていた・・・

日が沈みかけの夕方なのに・・・

大地が熱せられてるみたいな熱風だった。


アフワーズに降り立った時、バンダルアッバーに比べたら暑くない!?と最初は思ったが、空港から出ると外気は暑かった・・・

バンダルアッバーは、”湿気の蒸し暑さ。”
アフワーズは、”外気が熱い。”


アフワーズは空気が熱く、ドライヤーの熱風を浴びてるよう。
息を吸うと口の周りや鼻が痛い。
息をする度に気管が熱せられ体内がヒリヒリする。
肌が出ている顔は、熱風で肌を突き刺すような痛みが襲ってきた。
タオルで口元、顔全体を押さえて息をする。

バスに乗ろうと手すりを持った時、火傷しそうな熱さに驚いた。
車のドアノブも熱せられ、直接触れない!

タオルを出す為リュックのファスナーを開けようとすると、ファスナーの金具が熱くて、直接触れなかった。
鉄は全て熱せられていた・・・

さっき、機内から下りたばかりなのに、私のリュックは瞬時に高温になったみたい・・・
リュックに入れていた、ペットボトルの水もお湯になっていた・・・

まるで炎で熱せられたような灼熱地獄・・・
なのに首都のテヘランくらいの人口の多さ。

なんで、こんな暑い町で住むの!?と思ってしまうが、この町は大規模な油田があり、
イランで最も重要な工場地帯。
仕事があれば人は集まる。
みんな仕事の為に熱くても耐え、暮らしているのでしょうね・・・

夏のアフワーズでは、誰もが汗だくで、険しい顔をしている。
こんな暑ければ、誰だって険しい顔になってしまう。

アフワーズでは、夜になっても40度以上だった。
夜になると、町には人があふれだす。
夜、涼しくなり買い物に出てきたみたい。
涼しくなったと言っても、まだ40度以上。
クソ暑いのに、女性は黒いマントのアバヤで全身を覆っている。
熱気がこもり、女性とすれ違うとムア~ンとしたものが伝わってくる。
道路には、車と人であふれ、排ガスと人の熱気で気分が悪くなる。


灼熱地獄のようなアフワーズに行ったのには理由があった。
アフワーズから北に117kmのところに、紀元前521年のアケメネス朝時代に首都だったシューシュー遺跡と階段状ピラミッドのチョーガザンビルがある。

遺跡へは路線バスでも行けるが、この暑さでクーラーも無い路線バスに揺られ、バス停から遺跡まで徒歩で行くなど自殺行為。
迷うことなく、ホテルでクーラー付きの車を手配してもらった。
「遺跡は、太陽が出ると灼熱になるため、日の出前から出発し、朝の9時には戻って来なければならない」と言われた。
翌朝、4時頃チャーターした車が迎えに来るため、ホテル前で待っていたが、朝の4時でさえ35度を超えていたように思う・・・

6時頃、空が明るくなり始めると、徐々に暑くなってきた・・・

2か所目の遺跡、チョーガザンビルに到着した時、車内から出ると猛烈な暑さが襲ってきた。
まだ朝だというのに、あっというまに40度をぶっちぎっていた。
昼になると、いったい何度になるのだろう・・・?

9時頃、アフワーズに戻ってくると、もう50度を超えていた。

私はその日の夕方のバスで、アフワーズを脱出した。
バスの時間まで屋外に出ることなく、クーラーのきいた部屋でひたすら寝ていた。



当時私が持っていた温度計の目盛はMAXが50度だったので、もしかしたら本当はもっと気温が上がっていたかもしれない。

今年、74度を記録したバンダル・マフシャフルは、アフワーズより東南に位置し、ペルシャ湾に近い。
バンダルアッバーのようにペルシャ湾沿いだと、ペルシャ湾の湿気で湿度が増し、さらに不快指数が高くなる。

74度を記録したバンダル・マフシャフルの住人は、きっと生きた心地がしなかったでしょうね…


今から15年前にイランの熱さを体験し、
もしかしたら日本もそのうち38度とかなるのかなー?って少し思ったが、たった15年で日本も38℃超えになるとは・・・

36度超えの日数も今年は長いように思う。

あと10年、15年後、40度超えも当たり前になるのかな・・・?
あぁ・・・恐ろしい~~~



2015年の夏は暑いですね・・・

2012年、首都圏に引っ越し、関東の夏は大阪より日差しが弱く、涼しいと感じた。
しかし、2015年の関東の暑さは今までと違うような気がする。
毎日ほんと暑い・・・

8月。
イランの南部のバンダル・マフシャフルという街で74度になった。

とうとう、イランもここまできたか・・・

74度なんてありえない~
74度なんて、何かの間違いじゃーないの?
74度って実際の気温じゃーなく、体感気温じゃーないの?
と、思われた方、いるんじゃーないでしょうか?

私はイランで50度を体験してるから、あの酷暑のイランなら74度になってもおかしくないと思った。

ちなみに50度は、当時私が日本から持って行った温度計の目盛りが50度しかなく、目盛を振りきってた。
だから本当の最高気温はわからなかったが、熱風で皮膚が焼けそうな感覚になった。

イランに行ったのは今から15年前の7月。
15日間の滞在で、イラン各地の町を旅した。

その中で、夏は灼熱になると聞いていた、クエート国境近くのアッファーズという町と、
ホルムズ海峡沿いにある、夏は動物も動けないほど酷暑と聞いていたバンダル・アッバーという町にも行った。

暑さを体験するために行ったわけではなく、それぞれの町に見たい物があったから。

イラン南部、ホルムズ海峡でペルシャ湾沿いのバンダルアッバーへは、夜行バスで行った。
当時、イランの長距離バスは、路線によって冷房が無いバスがあった。

私が乗ったケルマン→バンダルアッバーの長距離バスは冷房が無かった。
ケルマンでも、昼間は軽く40度超えだったが、乾燥してるため日陰に入ると涼しかった。


まだ夜が明けていない朝5時にバンダルアッバーに到着した。
バンダルアッバーに到着したとたん、汗がド―――と噴き出た。

苦しい・・・
とにかく、息苦しい・・・

まだ夜が明けてなくて暗く、どこで降ろされたのかわからなかった。
灯りがある方に歩いていくと、小さな小屋のカフェがあった。

暑くて苦しい・・・
「何でもいいから冷たい飲み物をくれ」と頼んだが、ここには冷蔵庫が無く、温かいチャイ(紅茶)しかないと言われた。

あまりの暑さに体力が奪われ、私は動けなかった。
カフェで温かいチャイを飲んで休憩をすることにした。

当時のイランは、女性の服の制限が厳しく、観光客にも髪の毛が出たらダメ。
スカーフ着用。
服装も厳しく、肌を見せてはダメ。
体の線が見えてはダメ。
暑いが我慢をし、長ズボン、長袖、スカーフを着用していた。

あまりの暑さに私は耐えられず、スカーフを外した。
地元民も、見ないふりをしてくれた。
服装をチェックするパトロール隊に見つかれば厳重注意されるが、まだ夜も開けていない為、地元民も多めにみてくれた。

しかし、夜が明け周囲が明るくなると、さっきまで許してくていた地元民やカフェの店員から「そろそろスカーフをしろ」と注意された。

スカーフをすると、体内に熱気がこもり、私は急に気分が悪くなり、嘔吐した。
今から思うと熱中症だった。

意識が遠のくが、ここで倒れたらダメだ!!と必死に自分に言い聞かせ、タクシーに乗りホテルに行ってもらった。
が、乗ったタクシーの運転手が道を全く知らず、地図の見方も知らない!
私が道案内するが、まっすぐと言ってるのに、Uターンする!
ホテルの前を通ってるのに、通り過ぎて人に尋ねたりする!
道を尋ねた地元民がテキトーで「あっちだ」と言って全然違う方向を指さす。
私が「そっちではない!さっき通った路地を入って!」と言ってるのに、タクシーの運転手は地元民のテキトーな案内を信じ、全然違う方向に行く。
暑くて、思考回路が壊れてるのに、さらにイライラさせる。
中東のタクシーってこんな事がしょっちゅうあったなぁ~

ぐるぐる回って、私の指示通りに行くとやっとホテルがあった。

部屋を見せてもらおうと、ドアを開けると、熱風が襲ってきた。
とんでもなく暑い!
溶けそう・・・

「こんな暑い部屋で眠れない。エアコンが効いたフロントで泊らせてほしい」と言うと、
フロントの男性は、サウナより暑い部屋に入り、エアコンをつけてくれた。
部屋の温度が下がるまで、冷房がきいたフロントで待った。

やっと部屋の温度も下がり、シャワーを浴びたら、水をひねったはずなのに、熱湯が出てきた。
水のタンクが熱せられて、シャワーが熱湯だった。
暑くてシャワーもまともに浴びれない・・・

朝7時で38℃になっていた。
バンダルアッバーは、温度より湿度が酷かった。
不快指数200%
湿気も120%あるんちゃうかー!ってほどだった。

涼しくなった部屋で一眠りして、昼ごろお腹が空いたので部屋から出ると、熱風が襲ってきて全ての毛穴から一気に汗が噴き出した。

通りには、人も動物も全ていない。
ゴーストタウン化していた。

あるのは、照りつける太陽だけ。
強烈な日差しで、辺りが真っ白に見えるほどだった。

昼間の気温が何度だったのか、当時の日記を見直しても書いてなかった・・・
たぶん、あまりの暑さで、温度計を見る余裕がなかったように思う。

バンダルアッバーは想像以上に暑く、1泊する予定だったがこんな暑い町に滞在できない!と急きょ予定を切り上げ、その日の夜の飛行機で酷暑のバンダルアッバーを脱出することにした。

午前中や昼間は、誰も歩いてなかったバンダルアッバーの町だったが、
夜の7時で太陽が沈むころになると、町に人があふれだしていた。
日が暮れても湿気は酷く、息も苦しいほどの酷暑な町に、こんなに人が住んでいたのか!と驚いてしまった。

バンダルアッバーの女性は、みんな仮面を付けている。
それを見たくて、酷暑のバンダルアッバーに飛び込んだ。
空港までのタクシー内から、やっと仮面の女性たちを見ることができた。

こんな暑い町によぉ~住むわ~と感心したが、イランにはここよりもっと暑い町があった。




続く・・・・



久しぶりに旅先の話を。


イランの南部、ペルシャ湾に面する港町のバンダルアッバーという町の女性は、
仮面をかぶってるんですわ!

「仮面の女性たち」見てみたくないですか?
「仮面ってどんなんや??」って思いません?

バンダルアッバーはバンダリーという人々が住んでいて、女性は黒または赤の仮面をつけ、
肌の色も少し黒く顔立ちも他のイラン人と違うらしい。
それだけじゃなくこの町の女性は、他のイランの街の女性が着ている黒いマント(チャドル)やコートを
着ていないという。

そんな話を聞くと、絶対バンダルアッバーははずせない!!
なんとしてもバンダルアッバーに行って、仮面の女性を見てみたい!!

イランは国土が広く、見所がたくさんあってシーア派の聖地がある。
それだけじゃなく、拝火教のゾロアスター教徒の遺体を葬る鳥葬の場だった岩山の塔もある。
この2箇所はむっちゃ行きたくて、ずいぶん悩んだんだけど、
これといって何もないバンダルアッバーへ私は「仮面の女性を見てみたい」というだけの目的で行くとにした。

私がイランに行ったのは7月の真夏。
イランは毎日38度。
場所によっては軽く50度を超える町も・・・

バンダルアッバーへは、ケルマーンからバスで8時間。
8時間なら時間の節約のため、迷わず夜行バスで行くことにした。

バンダルアッバー行きの夜行バスは冷房付きがなかったのか、
それとも、お金の節約のためエアコンなしバスのチケットを買ったのか記憶にないですが、
夜になっても暑いケルマーンの町から窓全開で出発!
イランのバス
最初は涼しい風が入ってきてよかったけど、スピードが出ると車内に入ってくる風が強くなり、
皮膚の感覚がおかしくなってきた。
それに、風で前席のカーテンがバタバタと激しくなびき、私の顔面を何度も直撃し眠れない!
「カーテンをなんとかして」と前の人に訴えるけど、
「窓を閉めれば暑いし、カーテンをしなければ風が直撃する」と言って無視された。
私の顔面までなびいてくるカーテンをくくり、なんとか眠っていると、窓も全開だというのに
車内が暑くてたまらない!

本当は、脱いではいけないコートを脱ぎ、イラン国内では絶対許されないTシャツ姿になった。
それだけではんく、人前では絶対はずしてはいけないスカーフもゆるく結ぶと、少し暑さがやわらいだ。

それにしても、まだ朝の5時前で真っ暗だというのに、息苦しいほどの暑さだ。
だんだん気分が悪くなってきた・・・。
周りの女性たちは、こんなに暑いのに黒いチャドルを着ている。
イラン人ってほんとうに我慢強い人たちだと関心する。

この暑さの意味がわからず、私はてっきり旅の疲れと風に何時間も直撃していて、
風邪をひいてしまって高熱が出たのかも?と思ていた。

すると、バスは周囲には何もないく、ただ一軒の小さなチャイ屋(カフェ)の前で止まった。
トイレ休憩かな?と思っていると、乗客全員が降りてゆく。
私が座席に座っていると、最後の客が「ここがバンダルアッバーだぞ」と教えてくれた。
コートを脱いだTシャツ姿に適当なスカーフのかぶり方をしていた私に、「服をちゃんと着てから降りろ」と注意され、私は渋々コートを着てスカーフをかぶった。

バスを降りた瞬間、信じられない湿気と暑さが襲ってきた。
私は急に気分が悪くなり、その場から慌てて離れ吐きつづけた。
苦しくて涙がボロボロあふれ出し、荷物のことなど考える余裕もなくい。

周囲の人がその状況を見かねて、チャイ屋の椅子に座らせてくれた。
「これを飲みなさい」と出してくれたのは、熱い熱いチャイ。
熱いチャイを飲むと、全身の毛穴という毛穴から一気に汗が噴出した。
よけい気分が悪くなり、また吐きつづけた。

暑いだけじゃなく湿気が高く、とにかく不快。
この暑さから逃れたくて、とにかく急いで宿を探し、クーラーがガンガンにかかった窓のない部屋のベットに倒れ込んだ。
バンダルアッバーの宿

バンダルアッバーでは仮面の女性を見るのが目的。
それに今晩の夜行バスで私は次の町に行かないと日程が厳しい。
クーラーのガンガンに効いた部屋で休んでいると、少し元気を取り戻し、朝の9時頃町に繰り出そうと部屋を出た。
すると、信じられない強烈な日差しと暑さに驚き、思わずドアをまた閉めてしまった。
「今の日差しと暑さは何なんだ・・・?」
サングラスをかけ気合を入れドアを開けると、サングラスをしていても日差しが強く目がしょぼしょぼする。
一瞬にして全身の毛穴から大量の汗が噴出した。
恐ろしいほどの暑さで、急いで近くのレストランに飛び込んだ。
あまりの暑さに絶えられずスカーフを取ったが、客は私だけだったので店員は見逃してくれた。

なんせ日差しが強くて40度以上の気温に、湿気がすごい。
最初、なんでこんなに湿気があるのか理解できなかったが、
バンダルアッバーはペルシャ湾のホルムズ海峡の港町で、海に面しているから
その湿気のせいでとにかく息苦しい。
「なんじゃこの暑さ!人間の住めたもんじゃーない!」
って怒りたくなるけど、冬はきっとすごしやすいんでしょうね。

バンダルアッバーの町から見たペルシャ湾のホルムズ海峡。
ホルムズ海峡

暑さのあまり町には誰一人歩いていない。
まるでゴーストタウンだ。
特に女性は誰一人いない・・・
仮面の女性を見るためにここまで来たのに・・・
暑さに絶えながら、日陰を求め歩いていると、遠くに仮面をかぶってカラフルな布を全身に巻きつけた女性たちを発見!!
写真を撮りたい!!
走って駆け寄ると、私に気づいた女性たちは慌てて車の荷台に飛び乗り、逃げるように急いで車を走らせてしまった。
顔にはほんとに仮面をつけ、頭部だけではく口も布で覆っていて顔は一切見れなかった。
見た目もその動きもまるでスパイダーマンだ。
仮面の女性は女スパイダーマン?!

それにしても、なんでそこまでして逃げるの・・・?
意味がわからない・・・

黒いマント(ヘジャブ)で覆っている女性の多くはカメラに映りたがらない。
顔を仮面で隠しているってことは、顔を見られたくないからってことか・・・
えー、それなら、こんなクソ暑い町まで来た意味ないやん~

写真に収められなくても、せめて仮面の女性を近くで見たい。
暑さに耐えながら、日陰にあるスーク(商店街のようなもの)を歩いていると、
おばあちゃんが仮面をはずして座り込んでいた。
「おばあちゃん、こんにちは。なんで仮面をはずしてるの?」
「暑くって・・・」
「仮面をかぶってるおばあちゃんの写真をとらせてもらっていい?
「それはダメだ」
「じゃ、その仮面をちょっと貸して」
仮面をしている女性を写真に収められないのなら、自分で仮面をつけて撮ることを思いついた。
その写真がこれ。
仮面姿
私は口を出してるけど、バンダルアッバーの女性は頭部を薄い布で巻きつけ仮面をしていました。

そして、この地域の女性は仮面だけではなく、素足に美しい刺繍をほどこしたズボンをはいている。
そのズボンがこれ。
ズボン
カラフルなマントの布の下から、よりカラフルなズボンが見えました。


日が沈みかけた頃、この町を後にし次の町に向かうため、バスターミナルへタクシーで行く途中、
昼間は閉まっていたお店が開きだして、まったく人がいなかったバンダルアッバーの町に、
男女ともにたくさん出てきて、仮面をつけた女性たちも買い物に出てきていた。
暑い日中は、みんな家で非難してるのか・・・
そらそうやわなぁ・・・

またイランに行くことがあれば、もう一度バンダルアッバーに行って、仮面の女性をじっくり見たい・・・


10日をすぎ11日になった深夜、相変わらず全く眠れません。
眠るのを諦め、その日も夜中にHPの作業をしてました。
早朝5時ごろ、新聞屋さんが朝刊をポストに入れる音が朝になったと知らせてくれる。
あぁ・・・、今日もこの時間まで起きてしまった・・・

朝刊を取りに行くと「イランで日本人誘拐」という記事。
場所はイラン南東部。
こないだの3連休から睡眠がむちゃくちゃで、近頃2時間ほどしか眠ってなかったからか、
「イランで誘拐」って記事を見ても、頭がボーっとして自分でも驚くほど無反応でした。

ここは昔から危険地域なんですよねー
私が行った時も外務省の危険地域のレベル2だったんです。
ずいぶん悩んだんですが、ここにはあのアルゲバムがあるんです。
現地で情報を収集し行けると見込んで、車をチャーターしてバムへ行ってきました。
実際に行くと、ここのどこが危険なんやろう?って思うほどのどかで、周囲は砂漠だけでした。

その日の夕方、アラブの会の会長のN氏から電話がありました。
「バムの映像持ってません?」
「写真ならありますけど、映像なんてないですよ。
だって私が行った時は、デジカメにムービー機能なんて無い時代ですよ。
それに私は今もフィルムカメラなんですよー。
で、それって何でですか?」
「今、各メディアから問合せが殺到してて、バムの映像を探しているんです。」
「写真ならあるんですが・・・。
でもそれは昔のバムの写真で今のバムじゃないですよ。」
「写真じゃダメなんです。だれか映像を持ってませんか?」
「そういえば・・・、
ケンゴ君が3月に行ったばかりで彼はデジカメを持って行ってたから、
もしかしたらムービーで撮ってるかも!?ちょっと連絡しています。
でも私ケンゴ君のホットメールしか知らないんで、彼からの返事は夜になると思います」「こういうのは一分一秒を争う世界なので、あったとしてももういらないって言われるかもしれませんので、もう無理ですね」
「はぁ・・・」
何が何だかわけが解からないけど、まぁ~とりあえずケンゴ君にメールを入れときました。

その日の夜、ちょっとした知り合いと食事に出かけてたんですよ。
彼とは春に知り合って、今回初めてゆっくりお話させてもらいました。
そして、ひょんなことから私の友人を紹介することになりました。
うふふ。
ま、その話はまたのちのち・・・。
(はたして続きがあるんでしょうか。。。?)

楽しい食事を終え帰宅すると、ケンゴ君から返事がありました。
「映像はないですねー。だってあの荒地ですよ。
あんな荒地をムービーで撮ろうなんて思わないですよ」
そりゃ~そうや。
「写真ならいっぱいあるんですがねー
バムだけじゃなく、バムの街の写真もありますけど・・・
誘拐された彼が泊まってたホテルの写真もありますよ。
彼が辿ったルート、僕と全く一緒なんですよ。」
ケンゴ君はインドからパキスタン、パキスタンからイランに入ってバムまでのルートがまるで一緒だとか。
それってすごくない??
旅行者が辿るルートって大体一緒だったりするんですけど、
宿まで一緒なんて、映像より生の声の方がすごくない?
それにケンゴ君は3月に行ったばかりで、そんなに昔でもないし。
夜遅かったんですが、慌ててN氏に連絡を取りましたよ。
「映像は?」
「映像はないんですが、バムだけじゃなく市内の写真もあるそうです」
「映像じゃないとダメなんですよねー。あれから探して映像が見つかったんです。」
見つかったんならよかった。

でもその後、ニュースとかで出てくるのは、在りし日のバムの姿ばかりで、
それに動画でなくどう見ても写真っぽいねんけどなー?
こんなん流してたら、バムには今も立派なアルゲバムが存在すると思ってしまう人がいるやん~
ニュースの映像(写真?)を見るたびに、なんで今はもう存在しないバムの姿が採用になってケンゴ君の今の写真はダメなん?って思ってしまいます。

バムの映像でバタバタしましたが、
誘拐された学生さんが無事に解放されることを願うばかりです。

いやぁ~、相変わらず暑いですなぁ~

昨日、関東は27℃台って!?
羨ましい・・・

ほとんど雨だった沖縄旅行から帰ってきた英語の先生は、
大阪の暑さにビックリし、日本に来て初めてエアコンを使ったそうです。

前回、イランのケルマンとバンダルアッバーがどれくらい暑いかをお話しましたが、
イランには、もっと暑い街があるんですわ。

それは、クエート、イラク国境付近のアッファーズ。
アッファーズ郊外に世界遺産のシュシュ遺跡があるんですわ。
この遺跡を見るために、意を決して行って来ました。

暑さを避ける為、夕方にアッファーズに到着。
街に降り立つと、熱風が襲ってきた。
あまりの暑さに思わず腕で顔を覆う。
市内行きのバスに乗ろうと手すりを持つと、
「アチッ!!」
金属が熱せられ火傷しそうな熱さなんです。

冷房などないバスは窓全開。
バスが動き出すと、窓から熱風が顔面を直撃。
高温サウナの熱を送り出す巨大扇風機前にいるような暑さななんですわ。
空気が熱くて息ができない。
熱風で顔がヒリヒリしてきた。
顔を覆おうと、リュックからタオルを出そうとした時、
リュックの金具が熱せられ素手では持てない!!
ファスナーを開けるのにも一苦労。

温度計を見ると、最高温度50℃のメモリが全部真っ赤。
50℃以上ってこと!?

持ち歩いていた水は、あっという間にお湯になってました。

夕方で50℃・・・
昼間はどうなるんやろう・・・
恐ろしくて考えたくなかったです・・・

遺跡は、朝の3時出発。
朝の3時でさえ38℃・・・
なんでそんな夜中に出発するのかというと、シュシュ遺跡は、
アッファーズから車で約3時間。
太陽が昇ると熱くて歩けないから、
朝日が登る前に遺跡を見て帰ってこないといけないんです。
なんちゅー過酷な遺跡や・・・
このときばかりは、高いお金を払ってでも
冷房つきの車をチャーターして行きましたよ。
でも、冷房を最大にしても全く効き目なし。
太陽が昇ると、声を発することができず溶けそうなほど熱かったです。

こんなに熱い(暑い)アッファーズは、テヘランの次に人口が多い街なんです。
信じられないでしょ~
夕方といえども50℃でまだまだ暑いのに、
道には車と人があふれているんです。

それはなぜかというと、アッファーズは石油が取れる街なんです。
人間の住めるような環境とは思えないほど過酷な街なのに、
仕事を求めてたくさんの人が集まるそうです。

石油原産国のアラブの国々も暑いけど、
アラブ諸国はガラベーヤ(白いワンピース)を着ていて、
服装の工夫で少しは涼しいと思うんですよ。
でも、イランでは男性はジーンズに長袖襟付きシャツなんです。
あんな暑い環境でジーンズなんてはいてたら自殺行為ですよ。
あんなに暑いのに下半身を密閉してたら、男性は精子とか死ぬんちゃうのかなー?
って思っちゃいました。
どうなんでしょうねー?
女性は、あれだけ暑いのにヘジャブ(黒いマント)で全身を覆ってました。
黒の布って太陽の熱を吸収するから、むちゃくや暑いんですよ。
イラン人ってほんと我慢強い国民だと感心しました。
プロフィール

かおり

Author:かおり
大阪出身
旅が大好きで、気がつけば40数カ国旅をしています。そして念願だった旅行記を2006年出版。
多くの人に一人旅の魅力やイスラムの国々の良さを知ってもらおうと、書著「やっぱり旅はやめられない イスラム編」を書きました。
2008年に第2弾となる「中国編」を出版。

最寄の書店での注文、もしくは上の“おすすめ商品!”の「やっぱり旅はやめられない」をクリックしてみてね!

プロフィール写真は、私本人ですが実物はまるで違います…あしからず。

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日記タイトル一覧
  • イラン
2008年09月12日 (金)
仮面で顔を覆う街 イラン
2007年10月13日 (土)
バムの動画
2007年08月19日 (日)
イランの夏 ②
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by AlphaWolfy
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