久しぶりに中国旅行記を。(飛び飛びですいません)
以前を忘れた方は、こちらを見るか、カテゴリーの中国を見てね。

【中国旅行記】 〜朗徳村〜

施洞を後にし、凱里に一旦戻り、次の目的地に向けて出発した。

次の目的地は、『朗徳』。

私が初めてミャオ族の存在を知った村。
1998年ごろ、伊丹市で行われた、中国少数民族のダンスのコンサートへ行った。
コンサートが始まる前、司会の人が、こんなことを言っていた。
「今回、ダンスを披露してくれるのは、プロの人たちではなく、普段は貴州省の山深い小さな小さな村で田畑の仕事をしているごく普通の村人です。
私が何年も貴州省に通い、ミャオ族の素晴らしい民族衣装やダンスに惚れこみ、村人に頼んで伊丹まで来てもらいました。
このようなホールの舞台で披露するのは、彼らにとって初めてのことです。
今回披露するダンスは、村のお祭りで踊っているもので、講演用ではありません。
普段は村の中心の広場で村人同士が踊るものです」
コンサートの前に、そのような説明をすることも珍しく、今からどんな物を見せてもらえるのだろうかとワクワクした。
そして、想像を絶する素晴らしい民族衣装や銀細工装飾、民族ダンスや音楽に夢中になった。

貴州省へ行くことが決まった時、あのコンサートで見たミャオ族の美しい装飾を身につけた民族衣装をもう一度見たくて、主催者に問い合わせた。
「あの人たちが住んでいるところはどこですか?」
「凱里周辺のいくつかの小さな村から着たといっていました。」
「じゃ、村の名前を教えてください。」
「小さな村なので、地図には載っていないようですよ」
「現地で探してみます」
いくつかの村の名前を教えてくれた中に『朗徳』があった。

凱里で情報を収集し、朗徳なら凱里からバスで1時間ほどのところだとわかった。
よし!朗徳へ行こう!!

私は凱里から桂林に向け、南下していく途中にある朗徳で途中下車した。
バスは、何もない場所で停まり、「朗徳に着いたぞ」と運転手は私に教えてくれた。
ここが朗徳!?
何もないんですけど・・・
とりあえず、バスを降りると、右側の山々に延びる一本の道があった。
朗徳は、この道を行くようだ。
軽ワゴンの乗り合いタクシーが私が来るのを知っていたかのように停まっていた。
朗徳の村はここから歩いて1時間ほど山に行ったところだという。
普段なら歩いて行くけど、南下するため私は大きな荷物を背負っていて、そんな距離は歩けない・・・
タクシーと交渉して朗徳の村へ行ってもらう。

15分ほど行くと、「ここが朗徳だ」と降ろされた。
山の傾斜を使用した小さな小さな村。
村の前には川が流れていて、そこには風雨橋があった。
朗徳

あれ?風雨橋ってトン族って聞いてたのになぁ〜?
この風雨橋は新しい。
以前、川が氾濫して以前の風雨橋は流され立て替えられたんだとか。

村に入る道は、人がすれ違うのがやっとのような細い道。
その道には、小石を敷き詰め柄が描かれていてとってもかわいらしい。
ちょっと傾斜の細い道を上がると、村の広場に出た。
朗徳村

この広場で村のお祭りや行事がある。
この広場の床一面にも小石で柄が描かれている。
ここだけじゃなく、村の中の細い道全てに小石で柄が描かれている。
村の建物は全て木造。
古くて小さな集落だけど、整備されていて、とってもきれい。

民家の軒にはトウモロコシが吊るされてある。
朗徳コーン

とうもろこし

寒い冬の午前中だったからか、村人があまり出歩いていない。
私が村の中をウロウロしていると、家の前でたたずんで私の行動を見ている人が何人かいた。
「ニーハオ」とにこやかに挨拶すると、村人たちは安心したかのように笑顔になり、
「ニーハオ」と返事をしてくれた。

一人の女性が、私に手招きをして家に招いてくれた。
朗徳民家

家は二階建てで、二階が住居。
階段を上がると、はたおり機と手作りの民族衣装がいっぱい。
その奥には、テレビが一台だけ。
シンプルな家。
民族衣装は、家に招いてくれた若い女性の全部手作りだという。
衣装にはすごい細かい刺繍がほどこされてあり、刺繍だけでもすごい時間がかりそう。

村を後にし、道に出ると若い女性が大工仕事を手伝っていた。
朗徳女性


さあ、これからまたバスに乗って次の目的地に行きたいけど、さっきの乗り合いタクシーはもういない。
待てどもこんな山奥にタクシーなんて来るわけがない。
ここはバスも走ってない。
帰り道のことまで考えてなかった・・・
途方にくれても仕方がない、とりあえず歩いてバスが通る道まで行くしかないか。
歩き出した時、後ろからバイクがやってきた。
慌てて、バイクに合図を送り、「おっちゃ〜ん。私も乗せてぇ〜〜」と大阪弁で言うが、
バイクのおっちゃんは怖がって走り去ってしまった。
「えぇっーーーー!おっちゃ〜ん、待ってぇ〜、私を乗せてぇ〜」とバイクを追いかけた。
すると、バイクのおっちゃんは止まってくれ、私を後ろに乗せてくれた。

やったー♪ ヒッチハイク成功!

おっちゃんの後ろから抱きつき、むっちゃ冷たい風を切りながら山道を走る。
風が冷たすぎて、涙が飛んでゆく。
徐々に顔の感覚がなくなってくる。
鼻水も飛んでゆく。

おっちゃんが停まってくれたおかげで、私は重い荷物を背負いながら1時間以上歩くこともなく、
無事バスが通る道まで行くことができた。

30分ほど待つと、バスがやって来た。
ここはバス停などないから、走ってきたバスに合図を送って停まってもらう。
寒い寒い朗徳を後にし、私は次の村を目ざした。

続く・・・


2008.04.02 
【中国旅行記】

久しぶりに中国旅行記を。
前回からすいぶんアップしてませんが、【カンボジア・プーケット旅行記】のように途中で終わることなく、
がんばって載せてたいと思っています・・・
今までの中国旅行記どんなんやったっけ?って方は、カテゴリの中国を見てみてね。

ちなみにこの旅行記は、私の旅のまだ三分の一、貴陽→凱里→施洞(ミャオ族の住む村)に
やっと着いた所です。


【中国旅行記】 〜ミャオ族と晩御飯〜

鼻の穴から大量の鼻毛を出したおっちゃんの民家の一部を客室にした旅館に到着した。
3階の部屋の隣にあるベランダから見た景色。
img741.jpg

img742.jpg


晩御飯は、6時半頃から家族と一緒に食べるという。
まだ2時間半ほどあるから、「ちょっと散歩してくる」と言って、民家の周辺をブラブラしにいった。

ブラブラと言っても、小さな小さな村。
村のメイン道路(通路)はここだけ。
img740.jpg

どこからともなく、木槌で「トントン」と絶え間なく叩く音がする。
何の音や??
音の元を辿っていくと、民家の中からする。
民家には玄関のドアなどなく、中は真っ暗。
「おじゃましまーす」と誰もいないけおど一応声をかけて敷居をまたいで入ってみる。
すると、真っ暗で見えなかったけど、土間の隅でおばあさんが平らな石の上で黒い布を重ね合わせ、
木槌で叩いている。

おばあちゃんは手を止め、私に小さな腰掛を差し出してくれ、
炭火の前で暖をとりながらおばあちゃんの作業を眺めていた。

ずーーーっと見ていても、おばあちゃんはひたすら布を木槌で叩くだけ。
私は見飽きてしまって、おばあちゃんにお別れを言って家を出た。

さぁ〜、どこ行こうかなぁ〜?

歩き出したばかりのような子供とそのきょうだいか親戚の子供がいた。
2人とも私に興味を示し、飴ちゃんをあげたりして遊んでいた。

すると、どこかからおばあちゃんが来て、「我家においで」と、私の手を引っ張って連れて行かれた。

土間には民族衣装を着たおばちゃんたちが数人炭火の前で座ってた。
img625.jpg

私もその中に入れてくれ、みかんをいただく。
次々に家族や親戚たちが私に話しかけ、何を言うてるんかさっぱりわからんけど、
この環境が面白くて無意識にむっちゃ笑顔になってくる。

おばあちゃんの息子が銀細工職人らしく興味を示すと作業を見せてくれた。
img624.jpg

ここでは、紐のような銀を、ピンセットで楕円形にぐるぐる巻き、いくつも同じ物を作る。
それをうまく張り合わせてお花の形にるす。
お花をいくつも作り、また張り合わせてブレスレットに仕上げる。
ブレスレット一つつくるだけでもすごい時間を要する。
これだけ時間を費やしても1000円ほど。
P3090009.jpg

銀細工を作っている女性の手が小刻みに震えているのを見て、私は値切ることはせず、
1500円で指輪とセットで購入。

彼女とはとても仲良くなり、筆談で会話をしていた。
もう夕方になり帰ろうとすると、「晩御飯を我家で食べていって」と言ってくれ、
お言葉に甘えてこの家で晩御飯をいただくことにした。

晩御飯を断りに一旦旅館に戻り、仲良くなった民家では7時から晩御飯といわれていたので、
その時間に合わせて彼女の家に向かった。

家に行くと、さっきより大人数が集まっていた。
いったい何人いるんやろう〜?
子供を合わせると、40人は軽くいる。
カメラの画面におさまりきれない・・・
img627.jpg

この部屋では全員座れないので、別の部屋でも食卓を囲んでいる。
img629.jpg

ここでも座れない人がいて、別の部屋でも同じようなテーブルで食べていた。
img628.jpg

私も一緒にご馳走になり、料理は全てむっちゃおいしい!
img626.jpg

ニワトリ、豚肉もさっきしめたばかりなので、ものすごいおいしい。
さっきこんなむごいシーンを見たばかりやのに、全く平気で食べられる自分が怖い・・・

『自然に放し飼いをしているニワトリを
その場でしめて食べるとすごいおいしい』


と、聞いたことはあったけど、これほど味がちがうんか!って思うほど、マジでむっちゃおいしい!!
豚肉もむっちゃ分厚くて、脂身がいっぱいやのに、脂身のしつこさはなく、むっちゃあっさりしてる。
鳥肉も豚肉も、なんとなく甘いんですわ!

豚肉、鳥肉はゆでただけで、真っ赤な唐辛子のタレをつけて食べる。
唐辛子のタレは、むっちゃ辛いけど、なぜか病みつきになる味。
どれもこれも全部むっちゃおいしかったぁ〜

ミャオ族のみんなに囲まれ、同じ料理を一緒に食べてると、言葉なんて通じなくても
何故か意思の疎通ができて、みんなで大爆笑。

この日は、夜遅くまでみんなと笑い転げ、顔の筋肉が緩みっぱなしでした。



2008.03.18 
HPやブログの【中国旅行記】がなかなか進んでいません・・・
先日会った人から聞かれました。
「ブログの中国旅行記、今でこないだの中国の旅のどれくらいいってるんですか?」
「まだ3分の1かな〜?」
「まだ半分もいってないんですか!? 今でももう十分いろんなハプニングありますよ」
1、2月で書き上げるつもりでしたが、まだまだですわぁ〜


今、載せている【中国旅行記】より話がずいぶん飛びますが、
旅の後半に行ったトン族の村(程陽)で、今回の旅で初めて日本人と会ったんです。
昨日、その人に会いに行ってきました。

まずは、その方との出会いを・・・・


貴州省から隣の広西チワン自治区に入り、風雨橋のあるトン族の村、程陽に到着した。
宿を確保し、私は早く風雨橋の写真を撮りたくて、慌てて宿を出た。
おっと、その前に宿の写真を収めておこう。
カメラを構えていると、宿の横の道から観光客の男性が歩いてきた。
img735-1.jpg

その人は、私が写真を撮っている事に気づくと、わざわざ止まってくれた。
そんな丁寧な人はきっと日本人やろう。
いつもなら、日本人かな?って思うと自分から声をかけるけど、
暗くなる前に風雨橋の写真を撮りたくて、私は会釈だけして急いで去っていった。

私が会釈すると、相手も軽く会釈してくれた。
その時、日本人と確信した。

私が走り去っていく後方から民俗音楽が聞こえていたけど、
この風雨橋を見たくてこの村に来た私は、1人でじっくり写真を撮りながら眺めていた。
img661.jpg

それにしても、さっきから民俗音楽がずっと聞こえる。
・・・、もしかして、村で何かやってる!?
私はまた急いで村に戻り、耳を傾けながら音楽が聞こえる方へ必死に走った。
階段を駆け上がると、村の鼓楼の前で若者たちが民族衣装を着て、ダンスを披露していた。
うわー、さっきから音楽聞こえると思ってたのは、このダンスやったんやーーーー
もっと早く来るんやったぁーーー

すると、さっきすれ違った日本人男性の姿も。
挨拶は後でもいいわ! 先にこのダンスを見なくてはっ!
img730.jpg

img732.jpg

すると、後ろから「日本人ですか?」と声をかけられた。
相手も、私が会釈したから日本人だと確信したみたい。
それなのに、私の返事はというと、「はい、そうですよ」それだけ。
ダンスに夢中だったんで、記憶があまり鮮明じゃないけど、
たぶんこんなそっけない返事をしたように思います・・・
私、失礼ですよね・・・ 
なんせ、途中からダンスを見たんで、見落とした分も見ておかなくっちゃ!って必死やったんですわ。

すると、ダンスを踊ってる人が、10人ほどの観客の1人の手を引っ張って、バンブーダンスを一緒に踊った。
見ているだけでも難しく、その観客は竹に足を挟まれ、うまくできずに戻ってきた。
すると、日本人男性が「挑戦してみたら?」と言ってくれた一言が私の心に火がつき、
「じゃーちょっと挑戦してきます!」
荷物をその男性に預け、カメラを託しバンブーダンスに挑戦!
img731.jpg

なんと、これが見事にパーフェクト!!
少ない観客から声援で迎えられ、男性からも「すごいねー」と言っもらい大満足♪

バンブーダンスの次は、観客も一緒に輪になってみんなでダンス。
その間、男性は私の姿を写真に収めてくれてました。

ダンスが終わると、その人は村人たちと親しいようで、会話してるんですわ。
「言葉話せるんですか?」
「以前この村のさらに上にある村で、2年ほど住んでいたことがあるんだ」
青年海外協力隊とかで、来てたんかなぁ〜?
「何してたんですか?」
「トン族に興味があってね」
「なぜ、トン族なんですか?」
「トン族を研究してる人がいなかったから。
関西の方ですよね?話し方でわかります。 僕も京都に住んでるんです」
わぉ!同じ関西人やん♪
でも、関西人のノリじゃないし、関西弁じゃないから出身は違うのかなぁ〜?
その人は、温和そうですごい丁寧な方。

私がミャオ族や少数民族に興味があると言うと、
「今度、3月から民族博物館中国の少数民族の特別展示があるよ。
4月にはトン族やハニ族の映画も上映があって、たしか無料だったんじゃないかなー?
4/13の映画はトン族の『山の郵便配達』をやるよ。僕はそこでトン族の解説を頼まれてるんだ」
無料!?マジ!? 
「行く!行くぅ〜〜」
ん?? 民族博物館で解説頼まれてるって!???
いったい何者や??

最初、その人は村人と共通語の北京語で話してると思ってたら、トン族の言葉で会話してた。
ちょっとだけトン語を教えてもらったり、トン族のことを少し教わっていると、
どうもこの人は、趣味や興味でトン族が好きとかじゃなく、詳しい域を超えている。
「普段、何してはるんですか?」
「大学でトン族のことを教えてるんです」
そら、詳しいわぁ〜

その人は、トン族の専門家でもある兼重さん。
トン族の専門家と出会えるなんて、めったにないからいろいろと教えてもらいたい。
でも、私はトン族の風雨橋に興味はあったけど、トン族にはそれほど興味がなかったんで、
何を質問していいのか、なかなかいい質問が思い浮かばない。

帰国してまた疑問や質問が出てきたら教えてもらおうと、とりあえずアドレスを教えてもらって別れた。
そういえば、私、自分の名前名乗ってなかったわぁ〜



それが、昨日会いに行ってきた人との出会いでした。


近頃、少数民族のことで疑問に思うことがあり、兼重さんに連絡をとってみようかなー?
って思ってたんですわ。
いやいや、しょーもない質問のために連絡するのも、なんか気が引けるなぁ〜
4/13に映画会に行けば会えるし、その時でもいいかなぁ〜?って思ったり。

本の関係で、こないだから客家人についてちょっと調べてるんですわ。
ネットや本で調べても、私が知りたいことは載ってない。
えぇーーい!もうこうなったら民族博物館に問い合わせてみよう!

昨日の朝、民族博物館に「客家人について詳しく教えてくれる人いないでしょうか?」と電話してみた。
「客家人ですか・・・、詳しい者はいないですねぇ・・・ 図書室に客家に関する本ならあると思いますが・・・」
民族博物館は展示だけじゃなく、図書館もあるそうです。
何度も行ってたのに知らんかったぁ〜

民族博物館のサイトを見ていると、「西南中国少数民族の文化資源の“いま”」というタイトルで、
国際シンポジウムを見つけた。
img733.jpg

ミャオ族の銀装飾についても語るみたい。
おもしろそう〜♪
ん?? あれれ??
コメンテーターのところに、トン族の村で知り合った兼重さんの名前がっ!!!
うわーーー!!
これは会いに行かなくては!!
しかも今日やん〜!!

また民族博物館に電話をし、
「今日のシンポジウム、今から参加させてもらっていいですか?」
「もう始まってるので・・・」
「そこを何とかお願いします!」
「じゃ、ちょっと待ってください」
どこかに問い合わせてくれ、少しして
「今、受付の者に聞きましたが、やっぱりダメみたいです」
「そこをなんとかお願いします! 午後からでも入らせてもらえないでしょうか?」
「担当者にダメと言われたので、私に言われても困ります」
そんなぁ〜・・・

ええーーーい! ダメもとで行ってみよう!!
急いで準備をし、電話を切って10分後には家を出て、自転車で飛ばし猛ダッシュ!
兼重さんの出番の時間が迫ってる!!
急いでチャリンコを漕がないと間に合わないっっ!
ひたすら坂道を立ち漕ぎし、家から20分で万博に到着。
(私の家から万博の距離を知ってる人は、この時間のすごさがわかってもらえるでしょう)

汗だくになりながら、会場に行くと
「お名前は?」
「あのー、予約してないんですが、是非聞きたくて来ました」
「もしかして、さっき電話くださった方ですか!?」
「はい」
受付の人は3〜4人いたんですが、全員私のことを知ってて、みんなビックリしてました。
そらそうやろう、さっき電話切ったばかりやもん。
ちゅうーか、断ってるのに、コイツ来よったぁーーーーー
ってな、もんかな??

汗だくの私を不憫に思ったのか、受付の人たちは、「どうしたもんやろう・・・?」って言うてるその時、
「あっ!教授、この方が飛び込みで参加したいって言うてるんですが・・・」
ちょっとダンディで品のある教授は、汗だくの私をジロリと見て、ちょっと間が空き「いいんじゃない」
教授の一言で私は会場に入ることができました。
受付の人も「たまたま教授が歩いてて、ラッキーでしたね」と祝福してくれました。
たまたま歩いてた教授は、このシンポジウムの偉いさんのようでした。
いやぁ〜 ほんまラッキーでしたわ。

そして兼重さんと久しぶりの再会。
続く・・・
2008.03.14 
【中国旅行記】 〜施洞の宿〜

鼻の穴から束になって鼻毛を出している宿のおっちゃんに声をかけられ、一緒に宿に向かいました。

市場でにぎわっている村より100mか200mほどさらに進む小さな集落があります。
その中に入っていくと三階建ての建物が、施洞で銀装飾の職人&宿を経営している吴永生さんの家です。
img621.jpg


1階は土間と台所、食卓に隣の部屋は銀工房。
2階はテレビとオンボロのソファがあり家族団らんの部屋。
img619.jpg

3階のが客室。
部屋には3つのベット。(3人部屋)1泊30元
電気敷き毛布がないので、冬はむっちゃ寒いです。
私は寒さに耐え切れず、隣のベットの布団も重ねて眠りました。
施洞の宿・部屋

3階のベランダの右横にトイレ、左にはシャワー。
トイレにはティッシュもあり!
ベランダでは、洗濯も干せます。
施洞の宿・トイレ


客室の奥に鍵がかかったドアがあり、そこの部屋には大量鼻毛の吴永生さんがコツコツ作った銀細工が展示してありました。
施洞の宿・装飾コレクション

たぶん買ってほしいんやろうけど、5千円〜2万円もの値段がついています。
良い物なので欲しいけど、私はそんなにお金の余裕もないので、購入しませんでした。
でも、欲しい人ならこの値段だと、破格値だと思います。


2008.03.07 
【中国旅行記】 〜このおっちゃん誰や!?〜

久しぶりに中国旅行記を・・・

凱里から、施洞(赤ミャオ族の村)へ到着。
私が行った日は、たまたま週に一度の市場の日で、小さな村はにぎわっていました。

宿の身内がやっている露店に案内されて、
「夕方になったら、宿に連れて行ってあげるからそれまでウロウロしとき」
ってな感じの事を、お店のおばちゃんに言われて、荷物を預け市場をウロウロしてました。
市場では、衝撃的なものを見て、小さな村のメイン道路をウロウロしてたんです。

この村はなぁ〜んにもないけど、人々を見ているだけで面白い!

持っていてペットボトルのお茶が無くなったから、お茶を買おう。
しかし、この村にはお店らしき店舗はあるけど、食品や雑貨店がほとんどない。
やっと見つけたけど、品揃えが少なく、ペットボトルは2、3本しか置いてない。
それも何年置いてるねん!?っていうような砂埃がへばりついてし・・・
うぅ〜ん・・・ 
こまったなぁ〜
どうしようかなぁ〜??

購入しようか悩んでいた時、肩をトントンとたたかれた。
振り向くと、50才代ぐらいの鼻からむっちゃ大量の鼻毛を出したおっちゃんが立っていた。

「うわぁ〜 おっちゃんすごい鼻毛やなぁ〜」

言葉が通じないから思わず口に出してしまう。
おっちゃんは、何やらモゾモゾ話しかけてくるけど、何を言うてるのかさっぱりわからん。
私が手に持っている砂埃だらけのペットボトルのことを言うてるんかな??
「この事?」
と、ペットボトルを出すと、そうじゃないと首を振る。
私に何か言いたそうやけど、モゾモゾするだけで、何が言いたいのかさっぱりわからん。
中国の田舎の人々はおとなしく、自分から声をかけてくるような人はほとんどいてない。
特に男性はシャイ。
だから、大量の鼻毛の持ち主のおっちゃんが声をかけてくることにちょっと驚いた。
でも、いったい何を言うてるのかさっぱりわからず、
「ごめん。おっちゃん、何言うてるんかさっぱりわからんわー」
と言って、砂埃まみれのペットボトルを購入。

おっちゃんを置いてスタスタとあても無く歩いていると、おっちゃんは私の後をついてくる。
おっちゃんどうしたんやろう?よっぽど私に何か言いたいんやろうか?
振り向くとおっちゃんは、今晩の宿がどうのこうのって言うてるように思えた。
はは〜ん。おっちゃん宿の客引きか!?
「おっちゃんごめんなー。もう宿決まってるねん」
そう断ってまた歩いていると、また私の背中をトントンたたく。
振り向くと、おっちゃんは携帯電話でどこかに電話していて、その携帯を私に渡した。
電話の相手は誰や?
全く見当がつかない。
「もしもし・・・?」
ニーハオって言おうか、日本語でモシモシと言おうか一瞬悩んだけど、私に電話を渡すぐらいやねんから、
きっと相手は日本語を話せるやろうと思い日本語でモシモシと出た。
すると、相手も「モシモシ?」と言う返事。
一体誰や!?
「あー、熊です。どうですか?施洞には着きましたか?」
「えーーー!?熊さん!?そしたらこのおっちゃんは、もしかして宿の人?」
「そうですよー、無事会えたのですね」
やっとわかったぁ〜
この鼻毛のおっちゃんは今日泊まる宿のオーナーでした。

荷物を預けた親戚のおばちゃんと思ってた人は、このおっちゃんの奥さんで、
奥さんから携帯で連絡が入って、私を探しに来てくれたみたい。

小さい村といえども、市がいっぱい立ってて、人も多いのによくぞ私を見つけてくれたわ。
まぁ〜、小さい村に民族衣装を着てない外国人は私だけなんで、村人に聞いたら
「あー、あっちの方に歩いていったよ」とか教えてくれたんでしょうね。

おっちゃんと奥さんの屋台へ荷物を取りに行き、一緒に宿に行くことができました。

続く・・・
2008.03.06 
【中国旅行記】 〜生と死〜

心臓の弱い人は見ないで下さい。
後で気持ち悪くなっても責任は取りません。



施洞の市場で衝撃的なものを見た・・・

鶏屋さん。
鶏肉屋ではなく、その場でしめて羽をむしり・・・・
img710.jpg

でもそれは日常の出来事。
普段、私たちが目にしない場所で行われていること。
しかし、中国の山奥の村では、隠れた場所にあるわけでもなく、
みんなの目の前で行われていた。

いつかそのような現場に遭遇するだろうとは思っていたけど、私は避けていた。
今までだったら雰囲気を察知し逃げていた。
でも、今回の旅では、逃げずにしっかり見てこようって心に決めていた。

さっきまできれいな毛をフサフサさせていたニワトリやアヒルたちが、
血に染まった姿は目を覆いたくなる・・・
でも、見なくては・・・
必死に自分に言い聞かせ、血なまぐさい臭いに包まれながら、私はいくつもの命の終わりを見届けた。


ショックを受け、川辺の市場を見ていると、足元に何か落ちていた。
ん? なんや??
よく見ると、子猫だった。
人通りが激しいところに子猫が迷い込んでしまったのか、みんなに踏まれて命を落としていた。
img706.jpg

子猫は顔が変形しているが、血もでておらず、体もまだふくらみがあるから顔面を踏まれたんだろう・・・

村人は、子猫の死体など目もくれない。

ここでは、動物の死はごく普通の出来事なのだろう。




※ 写真を詳しく見たい人は、写真をクリックしてください。
  でも、気持ち悪くなっても知りませんよ。
2008.02.22 
【中国旅行記】 〜村の修理屋さん〜

施洞の村で、古い手動の機械で破れた靴を縫ってる革の修理屋さんがありました。
img608.jpg

最初、何してるんやろう〜?って覗いててみると、
靴の外側が10cm以上、ナイフでスパッと切ったように破れていて、
おっちゃんがこの機械(ミシン)で切れている部分をギザギザに縫ってました。

もし、これが日本だったら、10cm以上も破れたらほとんどの人が捨てるでしょうね。
それに、縫って修理してくれるお店もないし、もしお店が見つかって持って行っても、
「これは無理ですねー 修理するより、新しいの買ったほうがいですよ」
って言われるでしょうね。

他の村でも、同じようなお店があって、女性が持っていた合成皮革のカバンの破れた部分を
修理してもらってました。

中国の田舎ではまだ貧しいからか、物を大切に使ってました。
私たちも見習わなくちゃね!

修理中の靴の持ち主は、隣で作業を見つめていました。
img607.jpg


私が作業を見ていると、お店のおっちゃんは、私の靴を見て
「おまえも靴修理するか?」と言われました。
「残念ながら私の靴は破れてないねん〜」
修理代はいくらなんでしょうね。
きっと1元か2元くらいかもね。

しかし、どういうことをしたら靴が10cm以上もスパッと破れるんやろう?

2008.02.21 
【中国旅行記】〜施洞の屋台&歯医者〜

施洞の村は、食べる所はありません。
日用品の小さな雑貨屋はあるけど、商品は砂埃で白くなっていて、何年置いてるねん!?
っていうようなものばかり。

私が行った日はたまたま市場だったので、うどんのような麺を食べさせてくれる屋台が出てました。
img705.jpg

それと、この屋台。
img617.jpg

水溶き小麦粉を丸の枠に入れて、黒糖のようなものを中に入れ油で揚げるお菓子(?)
1つ5角(7円)
残念ながら、「おいしい!」っていう物ではなかった・・・
もう一つ食べたいとも思わなかった・・・ 


施洞の路地を歩いていると歯医者を見つけました。
img616.jpg

単なる虫歯でも歯を抜かれそう・・・

2008.02.19 
【中国旅行記】 〜中国田舎の移動手段〜

中国の田舎では個人所有の車はほとんど走ってません。
走っていてもトラクターのようなトラック。
2008-2-17-1.jpg

では、どうやってみんな移動しているのかというと、歩きが基本ですがバスが走っている道では、
来たバスに乗ります。
でも、山奥に行くとバスは頻繁に来ません。
そういう時は、トラックを持っている人に乗せてもらっていました。
私もトラックの荷台に乗って移動したけど、無料ではなくみんな運賃を払ってました。
img614.jpg

img612.jpg

トラックの荷台はこんなん。
足の踏み場がありません。
みんなは乗りなれているのか、普通に乗ってましたが、道はガタガタで左右上下に激しく揺れて、
必死にふんばってトラックにしがみついてないと荷台から飛ばされちゃいます。
ジェットコースターよりスリリング。
道によっては標高が高いむっちゃ細いガタガタの山道で、転落したら深い谷にまっ逆さま。
私は必死に踏ん張りしがみついてました。
img721.jpg

5人乗りバイクも普通です。
img613.jpg

2008.02.17 
【中国旅行記】 〜施洞の子供〜

後ろの子供はカメラを向けると号泣し、カメラを隠すと泣き止む。
前の女の子は、怖がることは無かったけど、ちょっと緊張気味。
2008-2-15-1.jpg

小さい子供やのに、みんなお箸を上手に使って食べていた。
img705.jpg

なんで前髪だけ、残すんやろう〜?
img609.jpg

この写真を中国人学生のエイメイ君に見せると、
彼の小さい頃は、このような髪型の子供が多くて、ごく普通のことなんだとか。
だから彼にしてみれば、この子供の写真を撮ることが日本人的でおもしろいって言うてました。

2008.02.15