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こないだ、「ひげじろう」の夢を見た。
ひげじろうとは、イスラム編に登場したエジプトを旅していたとき、
カイロからアスワンへ行く電車の中で隣だった男性。
本来なら彼とは出会っていなかった。
なぜなら、私のチケットに書かれてある座席に、別のエジプト人が家族で占領してて、車掌に訴えると、
私のチケットに書かれてある、車両番号と座席番号をペンで修正し、「この席に移動しろ」と言われた。
私は、変更された車両に移動し、座席を探すと、通路を挟んだとなりに日本人の若者が座っていた。
この彼なら、私さっき見た。
カイロのホームで、日本人女性に別れを告げていた。
もしかして、旅先で知り合って仲良くなった女性が見送りに来て、別れを惜しんでいるカップルなんかな?
と、思っていた。
「こんにちは。お隣ですね!よろしく!」
「こんにちは」
彼は爽やかな笑顔で挨拶をしてくれた。
「さっき、ホームで別れを惜しんでいたのは彼女ですか?」
「あぁ、ちがうよ。彼女は宿が一緒だっただけで、切符を買いに駅に行くっていうから、
一緒にカイロ駅まで来たんだ」
「なーんや、別れを惜しむカップルかと思ったよ〜」
彼のとの会話や彼のことは、『イスラム編』で詳しく書いてるんで、ここではもうはぶきます。
読んでいいない人は、是非『イスラム編』を読んでくださいね。
ひげじろうは・・・、なんて言えばいいやろ〜?
なんか感じがよくて、なんか魅力的な男性なんですわ。
カイロからアスワンまでは13時間。
カイロを夜に出発し、翌日の昼にアスワンに到着。
列車の消灯時間を過ぎても喋り続けていた私たち。
周囲の人に注意され仕方なく
「じゃ、おやすみ・・・」
と言って、2人で寝袋をかぶって寝た。
深夜まで喋ってしまい、喋りつかれて私は翌日の昼前に目が覚めた。
隣にいたひげじろうが「おはよう」と声をかけ、半分寝ぼけている私を起こしてくれた。
カイロとは全く違う信じられないくらいの強い日差しが窓から差し込み、
寝袋をかぶっていた私は暑くてたまらない。
「暑っっつぅーーーー!!なにこの暑さ!!」
アスワンの陽射しや暑さはマジでハンパじゃーない。
アスワンまで来ると、私の旅の後半戦。
ひげじろうは、アスワンには滞在せず、そのままナセル湖を船で2日間かけてスーダンに入る。
ナセル湖の船は、どんな旅人でも恐れるほど最悪な環境なんだとか。
「1人で大丈夫?」
「う〜ん・・・、やっぱ僕も一緒にアスワンで下りようかな〜?」
私は彼ともっと一緒にいたかった。
もっともっと彼と話がしたかった。
アスワンに到着してしまった・・・。
ひげじろうは、次に来る列車に乗り換え、さらに南下する。
あぁ・・・、ひげじろうとここでお別れか・・・
2人でホームに降り立つと、私の思いが通じたのか、ひげじろうが笑顔で私に言った。
「やっぱアスワンでゆっくりしてから行くよ!」
そう言ったとき、2人の日本人男性がひげじろうを見つけ、声をかけてきた。
その男性たちは、カイロの宿で一緒やった人たちみたい。
2人の男性は、一人旅同士で、たまたま一緒の日にカイロを出て、それから一緒に南下しているという。
三人は一ヶ月ぶりの再会で喜んでいた。
2人は、今からスーダンに入るため、恐ろしいナセル湖縦断のフェリーに乗るという。
今、私と一緒にアスワンで下りると決めたひげじろうが、一瞬悩んだ表情をした。
「私は大丈夫やから、ひげじろうは、2人と一緒にフェリーに乗り!」
「でも・・・」
「今までも1人やってんから、私は大丈夫やって!」
「じゃ、僕、アスワンのいい宿知ってるから、今から案内するよ!」
「でも、電車の出発時間が・・・」
「大丈夫、出発は1時間後なんだ」
そう言って、彼は私をアスワンの駅近くにある、バックパッカー御用達の安宿まで案内してくれた。
私たちは14時間も一緒にいてなかったけど、別れるのが辛かった。
そして、固い握手をして、彼を見送った・・・
その後、彼は、アフリカを旅し、半年後に帰国して、大阪に来たとき再会した。
でも、彼はすぐに仕事でアフガニスタンに行くことが決まっていた。
当時、アフガニスタンの情勢が最悪で、いつ殺されてもおかしくない状態だった。
もしかしたら、彼と会うのはもう最後かも・・・
別れのとき、私たちは握手をしたものの、気がつけばハグをしていて、国人がよく頬にキスをする挨拶を自然にしていた。
そういうことをすごい自然にできる人。
彼との写真は一枚もない。
彼の顔を忘れそう・・・
アフガンでの生活が2年を過ぎた頃、彼は無事帰国した。
「また大阪に行きますね」と言いつつ、もう3年以上会ってない。
そんな彼が、こないだ夢に出てた。
久しぶりの再会に抱き合いながらお互い喜んでる夢。
どうしてるんやろう・・・?
久しぶりにメールしてみた。
「実は僕、結婚することになりました。」
なんとなくそんな気がした。
「とても幸せです」
彼のその言葉を読んで、私まで嬉しくなった。
今、私の周りは結婚ラッシュ。
でも、男女とも、本人から「幸せ」という言葉を不思議と聞かない。
それより、「結婚準備でケンカばかり」とか、
「○○さんには私たちが結婚することは言わないで下さい」とか、
「35歳の姉がまだ独身で、家では結婚式の話しができない」とか、
言われたりしして、祝福したくても、ちょっと気を使ってしまう。
「とても幸せです」
言えそうで、なかなか言えない言葉。
そんな言葉を自然に言えるって、ひげじろうらしいなぁ〜 ってつくづく思った。
ひげじろうとは、イスラム編に登場したエジプトを旅していたとき、
カイロからアスワンへ行く電車の中で隣だった男性。
本来なら彼とは出会っていなかった。
なぜなら、私のチケットに書かれてある座席に、別のエジプト人が家族で占領してて、車掌に訴えると、
私のチケットに書かれてある、車両番号と座席番号をペンで修正し、「この席に移動しろ」と言われた。
私は、変更された車両に移動し、座席を探すと、通路を挟んだとなりに日本人の若者が座っていた。
この彼なら、私さっき見た。
カイロのホームで、日本人女性に別れを告げていた。
もしかして、旅先で知り合って仲良くなった女性が見送りに来て、別れを惜しんでいるカップルなんかな?
と、思っていた。
「こんにちは。お隣ですね!よろしく!」
「こんにちは」
彼は爽やかな笑顔で挨拶をしてくれた。
「さっき、ホームで別れを惜しんでいたのは彼女ですか?」
「あぁ、ちがうよ。彼女は宿が一緒だっただけで、切符を買いに駅に行くっていうから、
一緒にカイロ駅まで来たんだ」
「なーんや、別れを惜しむカップルかと思ったよ〜」
彼のとの会話や彼のことは、『イスラム編』で詳しく書いてるんで、ここではもうはぶきます。
読んでいいない人は、是非『イスラム編』を読んでくださいね。
ひげじろうは・・・、なんて言えばいいやろ〜?
なんか感じがよくて、なんか魅力的な男性なんですわ。
カイロからアスワンまでは13時間。
カイロを夜に出発し、翌日の昼にアスワンに到着。
列車の消灯時間を過ぎても喋り続けていた私たち。
周囲の人に注意され仕方なく
「じゃ、おやすみ・・・」
と言って、2人で寝袋をかぶって寝た。
深夜まで喋ってしまい、喋りつかれて私は翌日の昼前に目が覚めた。
隣にいたひげじろうが「おはよう」と声をかけ、半分寝ぼけている私を起こしてくれた。
カイロとは全く違う信じられないくらいの強い日差しが窓から差し込み、
寝袋をかぶっていた私は暑くてたまらない。
「暑っっつぅーーーー!!なにこの暑さ!!」
アスワンの陽射しや暑さはマジでハンパじゃーない。
アスワンまで来ると、私の旅の後半戦。
ひげじろうは、アスワンには滞在せず、そのままナセル湖を船で2日間かけてスーダンに入る。
ナセル湖の船は、どんな旅人でも恐れるほど最悪な環境なんだとか。
「1人で大丈夫?」
「う〜ん・・・、やっぱ僕も一緒にアスワンで下りようかな〜?」
私は彼ともっと一緒にいたかった。
もっともっと彼と話がしたかった。
アスワンに到着してしまった・・・。
ひげじろうは、次に来る列車に乗り換え、さらに南下する。
あぁ・・・、ひげじろうとここでお別れか・・・
2人でホームに降り立つと、私の思いが通じたのか、ひげじろうが笑顔で私に言った。
「やっぱアスワンでゆっくりしてから行くよ!」
そう言ったとき、2人の日本人男性がひげじろうを見つけ、声をかけてきた。
その男性たちは、カイロの宿で一緒やった人たちみたい。
2人の男性は、一人旅同士で、たまたま一緒の日にカイロを出て、それから一緒に南下しているという。
三人は一ヶ月ぶりの再会で喜んでいた。
2人は、今からスーダンに入るため、恐ろしいナセル湖縦断のフェリーに乗るという。
今、私と一緒にアスワンで下りると決めたひげじろうが、一瞬悩んだ表情をした。
「私は大丈夫やから、ひげじろうは、2人と一緒にフェリーに乗り!」
「でも・・・」
「今までも1人やってんから、私は大丈夫やって!」
「じゃ、僕、アスワンのいい宿知ってるから、今から案内するよ!」
「でも、電車の出発時間が・・・」
「大丈夫、出発は1時間後なんだ」
そう言って、彼は私をアスワンの駅近くにある、バックパッカー御用達の安宿まで案内してくれた。
私たちは14時間も一緒にいてなかったけど、別れるのが辛かった。
そして、固い握手をして、彼を見送った・・・
その後、彼は、アフリカを旅し、半年後に帰国して、大阪に来たとき再会した。
でも、彼はすぐに仕事でアフガニスタンに行くことが決まっていた。
当時、アフガニスタンの情勢が最悪で、いつ殺されてもおかしくない状態だった。
もしかしたら、彼と会うのはもう最後かも・・・
別れのとき、私たちは握手をしたものの、気がつけばハグをしていて、国人がよく頬にキスをする挨拶を自然にしていた。
そういうことをすごい自然にできる人。
彼との写真は一枚もない。
彼の顔を忘れそう・・・
アフガンでの生活が2年を過ぎた頃、彼は無事帰国した。
「また大阪に行きますね」と言いつつ、もう3年以上会ってない。
そんな彼が、こないだ夢に出てた。
久しぶりの再会に抱き合いながらお互い喜んでる夢。
どうしてるんやろう・・・?
久しぶりにメールしてみた。
「実は僕、結婚することになりました。」
なんとなくそんな気がした。
「とても幸せです」
彼のその言葉を読んで、私まで嬉しくなった。
今、私の周りは結婚ラッシュ。
でも、男女とも、本人から「幸せ」という言葉を不思議と聞かない。
それより、「結婚準備でケンカばかり」とか、
「○○さんには私たちが結婚することは言わないで下さい」とか、
「35歳の姉がまだ独身で、家では結婚式の話しができない」とか、
言われたりしして、祝福したくても、ちょっと気を使ってしまう。
「とても幸せです」
言えそうで、なかなか言えない言葉。
そんな言葉を自然に言えるって、ひげじろうらしいなぁ〜 ってつくづく思った。
2008.07.04 ▲
昨日、新聞にこんな記事が載ってました。
『“マイボトル”を持参し、ペットボトル飲料代わりに中身だけを買う』
京都市のNPO法人「プラスワンネットワーク」と「地域環境デザイン研究所ecotone」が企画し
来年以降に実施を目指すそうです。
1995年ごろやったっけなー?
カナダのロッキーを旅したんですわ。
バンフからジャスパーに向かうバスツアーで、はなちゃんとはじめて出逢ったんです。
彼女は語学学校に通っていて2年ほどカナダで住んでいました。
彼女とは出会ってすぐ意気投合し、その日のホテルをとっていない私を、
はなちゃんが予約していた部屋に泊めさせてくれました。
彼女は、マイボトルを持っていて、当時日本ではそういう物を持っている人がいなかったので驚きました。
カナダでは、コンビニのレジでマイボトルを渡せばきれいに洗ってくれ、
飲み物を入れてくれるシステムが当時からあったんです。
ビックリしたのは、コーヒーショップでもマイボトルを出すと、カップではなくボトルに入れてくれるんです。
マイボトルに入れてもらうと、通常の価格より割安で、ボトルの大きさに合わせて
なみなみと注いでくれるんです。
カップよりも倍ぐらいの量でも通常より料金が安いんですわ!
むっちゃお得で環境にもいいってことで、市民の多くがマイボトルを持っていました。
はなちゃんは、
「ペットボトルのように容器が薄くなく、保温が効いていつまでも温かいコーヒーが飲めるのよ」
と、教えてくれました。
(冷たいジュースはいつまでも冷たい)
マイボトルだけではなく、カナダでは当時からマイバックを持つ習慣が普及していました。
マイバックを持っていなくても、持っているカバンに入る大きさの物を買うと、
包装もせず袋にも入れず、そのままお客に渡すんです。
黙っていたら袋に入れてもらえず、最初はびっくりしたんですが、
「使い捨てのビニール袋や無駄な包装はゴミと一緒」
と教えられ、私も考え方を改めるようになりました。
私はそれから日本に帰ってきてもマイバックを持ち歩き、
コンビにでも「コレに入れてください」と言ってマイバックを出しています。
今では「ありがとうございます」と言われるようになったけど、
当時はマイバックを渡すと店員が戸惑ってました。
昔から私は、今持っているカバンに入る量なら「袋いらないです」って言うてたんです。
当時はビックリされ「いえ、お客さま、袋にお入れしますよ」なんて言われることもしょっちゅうありました。
今ではコンビにでも袋なしが浸透してきてうれしいです。
そのうち日本でもマイボトルが当り前の世の中になりつつあるのかな?
早くそうなって欲しいです。
ちなみに、はなちゃんは日本に帰ってきても、どこに行く時も(大阪に来る時も)マイボトルを持っています。
マイボトルは、カナダだけでなく、中国でも当り前のアイテムです。
日本は中国より遅れているのかもよ?
『“マイボトル”を持参し、ペットボトル飲料代わりに中身だけを買う』
京都市のNPO法人「プラスワンネットワーク」と「地域環境デザイン研究所ecotone」が企画し
来年以降に実施を目指すそうです。
1995年ごろやったっけなー?
カナダのロッキーを旅したんですわ。
バンフからジャスパーに向かうバスツアーで、はなちゃんとはじめて出逢ったんです。
彼女は語学学校に通っていて2年ほどカナダで住んでいました。
彼女とは出会ってすぐ意気投合し、その日のホテルをとっていない私を、
はなちゃんが予約していた部屋に泊めさせてくれました。
彼女は、マイボトルを持っていて、当時日本ではそういう物を持っている人がいなかったので驚きました。
カナダでは、コンビニのレジでマイボトルを渡せばきれいに洗ってくれ、
飲み物を入れてくれるシステムが当時からあったんです。
ビックリしたのは、コーヒーショップでもマイボトルを出すと、カップではなくボトルに入れてくれるんです。
マイボトルに入れてもらうと、通常の価格より割安で、ボトルの大きさに合わせて
なみなみと注いでくれるんです。
カップよりも倍ぐらいの量でも通常より料金が安いんですわ!
むっちゃお得で環境にもいいってことで、市民の多くがマイボトルを持っていました。
はなちゃんは、
「ペットボトルのように容器が薄くなく、保温が効いていつまでも温かいコーヒーが飲めるのよ」
と、教えてくれました。
(冷たいジュースはいつまでも冷たい)
マイボトルだけではなく、カナダでは当時からマイバックを持つ習慣が普及していました。
マイバックを持っていなくても、持っているカバンに入る大きさの物を買うと、
包装もせず袋にも入れず、そのままお客に渡すんです。
黙っていたら袋に入れてもらえず、最初はびっくりしたんですが、
「使い捨てのビニール袋や無駄な包装はゴミと一緒」
と教えられ、私も考え方を改めるようになりました。
私はそれから日本に帰ってきてもマイバックを持ち歩き、
コンビにでも「コレに入れてください」と言ってマイバックを出しています。
今では「ありがとうございます」と言われるようになったけど、
当時はマイバックを渡すと店員が戸惑ってました。
昔から私は、今持っているカバンに入る量なら「袋いらないです」って言うてたんです。
当時はビックリされ「いえ、お客さま、袋にお入れしますよ」なんて言われることもしょっちゅうありました。
今ではコンビにでも袋なしが浸透してきてうれしいです。
そのうち日本でもマイボトルが当り前の世の中になりつつあるのかな?
早くそうなって欲しいです。
ちなみに、はなちゃんは日本に帰ってきても、どこに行く時も(大阪に来る時も)マイボトルを持っています。
マイボトルは、カナダだけでなく、中国でも当り前のアイテムです。
日本は中国より遅れているのかもよ?
2008.03.01 ▲
前回に書いたコモド島って、行くのむっちゃ不便なんですよねー
孤島だからドラゴンが今も島の主でいられるんでしょうね。
不便だからツアー観光客が大勢で乗り入れることもないしね。
コモド島は秘境と言ってもいいかもね。
コモド島周辺にはドラゴンだけでなく、もう1つすごい場所があるんです。
フローレス島からコモド島へ行く船(チャター便のみ)は、
コモド島をあとにすると、周辺のむちゃくちゃ綺麗な海でシュノーケリングさせてくれるんです。
ボート周辺でシュノーケリングしてたんですが、すぐ近くに無人島があって、
よーく見るとそのビーチが薄っすらピンク色なんです。
私は迷うことなくその島まで泳ぎましたよ。
すると、本当にピンク色の誰も足を踏み入れていないビーチだったんです。
一旦ボートに戻りビニール袋を持参し、またピンクビーチまで泳ぎ、砂を持ち帰ったんです。
簡単に砂を持ち帰ったって言うてるけど、実際は死に物狂いで持ち帰ったんです。
だって、砂ですよ。
深さ10mある海を重りになる砂を抱えながら必死に200mほどボートまで辿り着いたんです。
欲張って袋いっぱいに砂を詰め込みすごました。。。
ボートに無事到着すると、身動きできないほど脱力感に襲われ、もうヘトヘト。
その頃になると、ヤギのことなど忘れてピンクビーチの美しさと砂を持ち帰った満足感でいっぱいでした。
当時、ピンクビーチといえば、イギリスのチャールズ皇太子とダイアナ妃の新婚旅行で行ったのがピンクビーチで話題になったんですよ。
(覚えている人いるかな?)
が、2人の新婚旅行先のピンクビーチはカリブ。
カリブのピンクビーチは貝殻が砕けてできたビーチで、薄っすらピンクに見えるそうです。
ここは、赤い珊瑚と白い珊瑚が混ざった濃いピンク色のビーチなんです。
いろんな海に行ったけど、ここほどかわいらしく美しいビーチはその後も見たことがありません。
以前ケンゴ君と会った時、その話しをしたそうです。(すっかり忘れてた)
「フィリピンとインドネシアどっちがいいですかねー?」
「フィリピンなんて見るところないで。インドネシアの方がいいわ。
ケンゴ君ならコモド・ドラゴン見に行ったら?」
と、勧めたそうです。(そんなん言うたっけなー?)
それまでケンゴ君は、コモド・ドラゴンの存在を知らなかったみたいで、
私の話を聞いて迷わずインドネシアに決定したそうな。
夏頃「インドネシアに行くことにした」と連絡があり、
コモド島へ行く方法を詳しく教え、彼の不安を取り除きました。
そして先日の報告会。
「ホルブドゥール、バリ島も行ったけど、コモド・ドラゴンが最高だった」
彼も大絶賛。
勧めてよかった〜
(覚えてないけど・・・)
彼もピンクビーチ付近でシュノーケリングしたそうです。
「ピンクビーチ行った?」
「行きましたよ〜。ほんとうにピンク色でしたよ〜」
今も無人島で人はほとんど上陸せず、美しいピンク色のままでなんですね。
ホッとしました。
孤島だからドラゴンが今も島の主でいられるんでしょうね。
不便だからツアー観光客が大勢で乗り入れることもないしね。
コモド島は秘境と言ってもいいかもね。
コモド島周辺にはドラゴンだけでなく、もう1つすごい場所があるんです。
フローレス島からコモド島へ行く船(チャター便のみ)は、
コモド島をあとにすると、周辺のむちゃくちゃ綺麗な海でシュノーケリングさせてくれるんです。
ボート周辺でシュノーケリングしてたんですが、すぐ近くに無人島があって、
よーく見るとそのビーチが薄っすらピンク色なんです。
私は迷うことなくその島まで泳ぎましたよ。
すると、本当にピンク色の誰も足を踏み入れていないビーチだったんです。
一旦ボートに戻りビニール袋を持参し、またピンクビーチまで泳ぎ、砂を持ち帰ったんです。
簡単に砂を持ち帰ったって言うてるけど、実際は死に物狂いで持ち帰ったんです。
だって、砂ですよ。
深さ10mある海を重りになる砂を抱えながら必死に200mほどボートまで辿り着いたんです。
欲張って袋いっぱいに砂を詰め込みすごました。。。
ボートに無事到着すると、身動きできないほど脱力感に襲われ、もうヘトヘト。
その頃になると、ヤギのことなど忘れてピンクビーチの美しさと砂を持ち帰った満足感でいっぱいでした。
当時、ピンクビーチといえば、イギリスのチャールズ皇太子とダイアナ妃の新婚旅行で行ったのがピンクビーチで話題になったんですよ。
(覚えている人いるかな?)
が、2人の新婚旅行先のピンクビーチはカリブ。
カリブのピンクビーチは貝殻が砕けてできたビーチで、薄っすらピンクに見えるそうです。
ここは、赤い珊瑚と白い珊瑚が混ざった濃いピンク色のビーチなんです。
いろんな海に行ったけど、ここほどかわいらしく美しいビーチはその後も見たことがありません。
以前ケンゴ君と会った時、その話しをしたそうです。(すっかり忘れてた)
「フィリピンとインドネシアどっちがいいですかねー?」
「フィリピンなんて見るところないで。インドネシアの方がいいわ。
ケンゴ君ならコモド・ドラゴン見に行ったら?」
と、勧めたそうです。(そんなん言うたっけなー?)
それまでケンゴ君は、コモド・ドラゴンの存在を知らなかったみたいで、
私の話を聞いて迷わずインドネシアに決定したそうな。
夏頃「インドネシアに行くことにした」と連絡があり、
コモド島へ行く方法を詳しく教え、彼の不安を取り除きました。
そして先日の報告会。
「ホルブドゥール、バリ島も行ったけど、コモド・ドラゴンが最高だった」
彼も大絶賛。
勧めてよかった〜
(覚えてないけど・・・)
彼もピンクビーチ付近でシュノーケリングしたそうです。
「ピンクビーチ行った?」
「行きましたよ〜。ほんとうにピンク色でしたよ〜」
今も無人島で人はほとんど上陸せず、美しいピンク色のままでなんですね。
ホッとしました。
2007.11.01 ▲
ケンゴ君が会いに行ったコモド・ドラゴンは、私も15年前に行ってきたんです。
コモド・ドラゴンって知ってます?
インドネシアのコモド島に生息するオオトカゲなんです。
オオトカゲと聞いてどれくらいの大きさを想像します?
せいぜい50cmくらいを想像しませんでした?
コモド・オオトカゲは、
4m以上もあるむちゃくちゃ巨大なトカゲなんです。
想像できないって?
じゃ、巨大なワニを想像して。
そんな巨大なトカゲっているの?って?
これがいるんですわ〜
ワニなら手足が短いから地面を這うけど、コモド・オオトカゲはトカゲなんで、
ワニより足や首が長いから高さ70cmくらいまであるから
実物は、むちゃくちゃ大きくてビックリしますよ。
http://www.youtube.com/watch?v=QOF4YPdYELg
コモド・ドラゴンが生息するコモド島へは、
バリ島から数日かけて東へ島々を渡り、フローレス島に行きます。
フローレス島からは船を貸切り、まだ夜が明けていない早朝に出発。
フローレス島からコモド島まで4時間。
ここは外海で海流が荒く小さな船なので揺れも激しいです。
コモド島周辺の海は、透明度が抜群で人間が住んでいないから
むちゃくちゃ綺麗いんです。
でも、コモド島周辺は猛毒の海蛇が生息しているので遊泳禁止。
コモド島の桟橋は、なぜか無意味に高いんです。
高さ7mほどあるんです。
当時スロープもなく桟橋の先端に直角のハシゴをよじ登って上陸。
地上に足を踏み入れるといつドラゴンが襲ってくるかもしれないので、
慌てて高床式の小屋へ直行。
人数が集まると、先頭と後ろにヤギを連れて徒歩でドラゴンが多く生息するエリアへ。
私が行った時は、ドラゴンが多く生息する島の中心まで1時間ほどだったような?
乾燥したブッシュを歩き続けて1時間、四角く広めの囲いの柵が現れるんです。
その柵の中に人間が入るんです。
そして連れて来た1頭のヤギの首を切り柵の外に投げると
血のにおいをかぎつけたドラゴンたちがヤギを食いちぎり、
壮絶な戦いが繰り広げられる。
さっきまで一緒に歩いてきたヤギが一瞬にしてバラバラになり、消えてゆく・・・
ドラゴンもすごいけど、あのヤギの命は何だったんだろう・・・
さっきまで、かわいらしく「メェ〜」と鳴いていたのに・・・
私はコモド・ドラゴンを見に島に来たけど、
目の前でヤギが消えてゆく様子が頭に焼きついて気分が悪くなってしまいました。
帰りは一匹になったヤギを引き連れ山を下山するんです。
このヤギは私たちを守ってくれるヤギ。
それは、この道中はとっても危険でどこからドラゴンが襲ってくるのかわかりません。
今まで何人もドラゴンに食べられているので、
ドラゴンが私たちを襲ってきたときには、このヤギが身代わりになってくれるんです。
私が行く1年前や数年前にイスラエル人とスイス人が食べられたそうです。
ケンゴ君の話しによると、10年以上前から島の中心までは行かなくなり、
今は海近くの小屋前に来るドラゴンを見るんですって。
だからヤギの身代わりはなくなったそうです。
きっとあまりにもむごいから苦情が殺到したのかもね。
それと、無意味に高い桟橋にはスロープが付いていました。
今は腐りかけたハシゴをよじ登ることもなく、海に転落する恐れもなく
スムーズに上陸できるようです。
コモド・ドラゴンって知ってます?
インドネシアのコモド島に生息するオオトカゲなんです。
オオトカゲと聞いてどれくらいの大きさを想像します?
せいぜい50cmくらいを想像しませんでした?
コモド・オオトカゲは、
4m以上もあるむちゃくちゃ巨大なトカゲなんです。
想像できないって?
じゃ、巨大なワニを想像して。
そんな巨大なトカゲっているの?って?
これがいるんですわ〜
ワニなら手足が短いから地面を這うけど、コモド・オオトカゲはトカゲなんで、
ワニより足や首が長いから高さ70cmくらいまであるから
実物は、むちゃくちゃ大きくてビックリしますよ。
http://www.youtube.com/watch?v=QOF4YPdYELg
コモド・ドラゴンが生息するコモド島へは、
バリ島から数日かけて東へ島々を渡り、フローレス島に行きます。
フローレス島からは船を貸切り、まだ夜が明けていない早朝に出発。
フローレス島からコモド島まで4時間。
ここは外海で海流が荒く小さな船なので揺れも激しいです。
コモド島周辺の海は、透明度が抜群で人間が住んでいないから
むちゃくちゃ綺麗いんです。
でも、コモド島周辺は猛毒の海蛇が生息しているので遊泳禁止。
コモド島の桟橋は、なぜか無意味に高いんです。
高さ7mほどあるんです。
当時スロープもなく桟橋の先端に直角のハシゴをよじ登って上陸。
地上に足を踏み入れるといつドラゴンが襲ってくるかもしれないので、
慌てて高床式の小屋へ直行。
人数が集まると、先頭と後ろにヤギを連れて徒歩でドラゴンが多く生息するエリアへ。
私が行った時は、ドラゴンが多く生息する島の中心まで1時間ほどだったような?
乾燥したブッシュを歩き続けて1時間、四角く広めの囲いの柵が現れるんです。
その柵の中に人間が入るんです。
そして連れて来た1頭のヤギの首を切り柵の外に投げると
血のにおいをかぎつけたドラゴンたちがヤギを食いちぎり、
壮絶な戦いが繰り広げられる。
さっきまで一緒に歩いてきたヤギが一瞬にしてバラバラになり、消えてゆく・・・
ドラゴンもすごいけど、あのヤギの命は何だったんだろう・・・
さっきまで、かわいらしく「メェ〜」と鳴いていたのに・・・
私はコモド・ドラゴンを見に島に来たけど、
目の前でヤギが消えてゆく様子が頭に焼きついて気分が悪くなってしまいました。
帰りは一匹になったヤギを引き連れ山を下山するんです。
このヤギは私たちを守ってくれるヤギ。
それは、この道中はとっても危険でどこからドラゴンが襲ってくるのかわかりません。
今まで何人もドラゴンに食べられているので、
ドラゴンが私たちを襲ってきたときには、このヤギが身代わりになってくれるんです。
私が行く1年前や数年前にイスラエル人とスイス人が食べられたそうです。
ケンゴ君の話しによると、10年以上前から島の中心までは行かなくなり、
今は海近くの小屋前に来るドラゴンを見るんですって。
だからヤギの身代わりはなくなったそうです。
きっとあまりにもむごいから苦情が殺到したのかもね。
それと、無意味に高い桟橋にはスロープが付いていました。
今は腐りかけたハシゴをよじ登ることもなく、海に転落する恐れもなく
スムーズに上陸できるようです。
2007.10.31 ▲
年配の男性によく聞かれる質問は、
「そんな危ない国に一人で行って、危険な目にあわないの?」
危ない国・・・?
どういう意味やろう?
「イスラムの国=危ない」ってことかなぁ〜?
私、思うんですが、イスラムの国より日本のほうがよっぽど危険だと思います。
一昔前までは「海外の夜道は一人で歩くのは危険だ」って言われてきたけど、
今の日本なんて、全く知らない人に昼間でもナイフで突然刺されたりするでしょ。
日本の方が事件に巻き込まれる可能性が高いと思うんですよねー。
それと、年配男性にもう1つ聴かれることがあります。
「海外に行って、向こうの男性に言い寄られたり、
好かれることとかあるんちゃうの?」
やんわり聞いてるけど、本当に聞きたいことは
「現地の男性と恋に落ちたことあるの?」
ということでしょう。
言い寄られることはあるけど、そんな男は無視!
先日、年配の方とお食事をしたとき、
「旅先の恋の話しが1つや2つぐらいあるんじゃないの?」
と、聞かれました。
その人は、エロオヤジではなく、たまには私の恋の話を聞いてみたいようでした。
でも、これが一度もないんですよねー
「本に出てきたシャフィーンとは?」
シャフィーンとは手をつないだくらいかなー?
何もないです・・・・
だって、一度きりのアバンチュールでエイズになりたくないもん!
日本では、エイズへの危機感って薄いけど、海外ではエイズ人口が多く、
トイレでは、「エッチをするときはコンドームをつけましょう!」
というポスターをよく目にします。
オーストラリアでは、「コンドーマン」という頭部がコンドームの形をした
キャラクターがいて、街のいたるところに巨大ポスターが貼られてました。
コンドーマンはビーチや街中に出現し、カップルたちにコンドームを配るんです。
これは、コンドームを作ってる会社のPRではなく、エイズ撲滅運動です。
ある日、地下鉄のホームにコンドーマンが現れ、子供たちの人気者でした。
一緒にいた両親もニコニコ。
「日本なら子供にコンドームの形をした頭部を見せるなんて!」って
怒る親がいそうやなーって思っちゃいました。
アフリカの国によっては4人に1人がエイズだったりします。
だから、安易にノリでエッチをするなんて自殺行為。
旅先のアバンチュールを求める人も中にはいるかもしれないけど、
私には考えられないことです。
エイズだけではなく、旅先で浮ついた気持ちはなれないです。
だって、目的地にどうやって行くのか。
バスは何時なのか。
次の町のホテルはどこやろう?
無事見つかるかなー?
など、考えることがいっぱい。
旅先でのアバンチュールなんてありえへん〜
それに、もし一夜限りの大人の恋なんてしてしまったら、
その国やその町の印象が、恋の相手になってしまうでしょ?
だって私は恋をしに旅に出てるんじゃーないもん。
その国、その町、そこに住む人々の暮らしを見たいねん。
「そんな危ない国に一人で行って、危険な目にあわないの?」
危ない国・・・?
どういう意味やろう?
「イスラムの国=危ない」ってことかなぁ〜?
私、思うんですが、イスラムの国より日本のほうがよっぽど危険だと思います。
一昔前までは「海外の夜道は一人で歩くのは危険だ」って言われてきたけど、
今の日本なんて、全く知らない人に昼間でもナイフで突然刺されたりするでしょ。
日本の方が事件に巻き込まれる可能性が高いと思うんですよねー。
それと、年配男性にもう1つ聴かれることがあります。
「海外に行って、向こうの男性に言い寄られたり、
好かれることとかあるんちゃうの?」
やんわり聞いてるけど、本当に聞きたいことは
「現地の男性と恋に落ちたことあるの?」
ということでしょう。
言い寄られることはあるけど、そんな男は無視!
先日、年配の方とお食事をしたとき、
「旅先の恋の話しが1つや2つぐらいあるんじゃないの?」
と、聞かれました。
その人は、エロオヤジではなく、たまには私の恋の話を聞いてみたいようでした。
でも、これが一度もないんですよねー
「本に出てきたシャフィーンとは?」
シャフィーンとは手をつないだくらいかなー?
何もないです・・・・
だって、一度きりのアバンチュールでエイズになりたくないもん!
日本では、エイズへの危機感って薄いけど、海外ではエイズ人口が多く、
トイレでは、「エッチをするときはコンドームをつけましょう!」
というポスターをよく目にします。
オーストラリアでは、「コンドーマン」という頭部がコンドームの形をした
キャラクターがいて、街のいたるところに巨大ポスターが貼られてました。
コンドーマンはビーチや街中に出現し、カップルたちにコンドームを配るんです。
これは、コンドームを作ってる会社のPRではなく、エイズ撲滅運動です。
ある日、地下鉄のホームにコンドーマンが現れ、子供たちの人気者でした。
一緒にいた両親もニコニコ。
「日本なら子供にコンドームの形をした頭部を見せるなんて!」って
怒る親がいそうやなーって思っちゃいました。
アフリカの国によっては4人に1人がエイズだったりします。
だから、安易にノリでエッチをするなんて自殺行為。
旅先のアバンチュールを求める人も中にはいるかもしれないけど、
私には考えられないことです。
エイズだけではなく、旅先で浮ついた気持ちはなれないです。
だって、目的地にどうやって行くのか。
バスは何時なのか。
次の町のホテルはどこやろう?
無事見つかるかなー?
など、考えることがいっぱい。
旅先でのアバンチュールなんてありえへん〜
それに、もし一夜限りの大人の恋なんてしてしまったら、
その国やその町の印象が、恋の相手になってしまうでしょ?
だって私は恋をしに旅に出てるんじゃーないもん。
その国、その町、そこに住む人々の暮らしを見たいねん。
2007.09.07 ▲
私にとって旅とは自分らしさを発揮する場でもあるねん。
日本にいる私は本来の私ではないように思う。
心の底から楽しいぃ〜!!って思われへんねん。
国内旅行でもあかんねん。
よけい疲れるだけ。
だって言葉が通じて刺激が無いねんもん。
見知らぬ土地に一人で降り立った瞬間、自分を奮い立たすねん。
全く読めない文字、記号にしか見えない文字。
民族衣装を着た人々が優雅に歩く中、
その中で私1人がぽつんと立っている。
頼る人など誰もいない。
自分の勘を信じるしかない。
脳みそをフル回転。
旅では常に緊張感。
でも全く疲れない。
自分の底力を発揮し、何とかしようと必死にがんばる。
自分の足で現地を歩き、地元の人たちとふれあい、
普段では味わえないドキドキ感が大好きや。
旅に出ると、私は生きてるんや〜〜〜って実感できる。
そして、今、この瞬間生きてることに感謝する。
早く旅に出て、本来の自分を発揮し、自分自身を奮い立たせたい・・・
日本にいる私は本来の私ではないように思う。
心の底から楽しいぃ〜!!って思われへんねん。
国内旅行でもあかんねん。
よけい疲れるだけ。
だって言葉が通じて刺激が無いねんもん。
見知らぬ土地に一人で降り立った瞬間、自分を奮い立たすねん。
全く読めない文字、記号にしか見えない文字。
民族衣装を着た人々が優雅に歩く中、
その中で私1人がぽつんと立っている。
頼る人など誰もいない。
自分の勘を信じるしかない。
脳みそをフル回転。
旅では常に緊張感。
でも全く疲れない。
自分の底力を発揮し、何とかしようと必死にがんばる。
自分の足で現地を歩き、地元の人たちとふれあい、
普段では味わえないドキドキ感が大好きや。
旅に出ると、私は生きてるんや〜〜〜って実感できる。
そして、今、この瞬間生きてることに感謝する。
早く旅に出て、本来の自分を発揮し、自分自身を奮い立たせたい・・・
2007.08.10 ▲
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