【2011.12.31 4Day-3】 =雲南省・貴州省旅行記=

3356mでリムジンバスを降り、次にロープウェイに乗り換える。

玉龍雪山 ロープウェイ 1 

玉龍雪山 ロープウェイ 3

ロープウェイで上がって振り向くと、何かあるみたい。
玉龍雪山 ロープウェイ 2

ズームすると、ゴルフ場!?
玉龍雪山 ロープウェイ 4
聞くと、「アジアで一番標高の高い場所にあるゴルフ場」なんだとか。

こんな空気が薄くしんどいところでだれがゴルフするねん~!

しかし、帰りにゴルフ場を通りかかるとけっこう客がいた。
信じられへん~

前を見ると、どんどん頂上が近付いてた!!
玉龍雪山 ロープウェイ 5

横を見ると、こんな標高高いところで、携帯電話で喋っていた!
玉龍雪山 ロープウェイ 7 電話する男性
こんなところにも電波が届いてるの!?

あっという間にロープウェイで標高4506mまで一気に登り終点。

玉龍雪山 ロープウェイ 6

玉龍雪山 ロープウェイ 頂上

ここは標高4506m!

くぅ~ 息苦しい~
頭が痛い~!!

しつこいようだが、1/30(日)は、民族学博物館(みんぱく)
「ことばの世界へ」言語セミナーがあり受講してきた。

サン語のセミナーは私にとって大きな収穫で、
それに関してのネタが盛りだくさんだが、ほどほどにしますね。

まだ、サン族の説明がまだでしたね。

めっちゃ大雑把に説明しますね。
サン族(人)とは、白人が入ってくるまで南部アフリカ一帯に住んでいたが、不毛の地といわれるカラハリ砂漠に追いやられた。
砂漠で今でも狩猟生活をしながら住んでいる狩猟採集民族。
(めっちゃ大雑把ですいません)

私はナミビア南部あたりに住んでいると聞いていたが、ナミビア、ボツワナ、南アの国境地帯に住み
人口としてはボツワナに多く住んでいるらしい。



質疑応答の時、ある人が、とても興味深い質問をしてくれた。

「狩猟民族って常に移動してるんですよねー? 
じゃ、この人たちのお墓ってどうなるんですか?」


私は、民族、宗教、各地域のお墓やお葬式にも興味がある。
それは、宗教が入ってくる以前の土着文化が残っているところもあるから。

私は身を乗り出して、教授の答えを待った。

「この人たちは、
お墓というものがないんです。」


どっひゃーーー!!!
細○数子が聞いたら、怒るで!

「一応、人が亡くなれば、土を掘ってそこに埋めるけど、
木や墓石のような、ここに人が埋まっているという印はしないんです」

ひょえーーーー!!!
これまた、予期せぬ答えに、思わず絶句。

さらに教授は続けた
「伝染病とかで住民の多くが死んだら埋めることもせず、
そのまま放置して違う土地に行くんです」

それもすごいなぁ~
人間も動物と同じなんですね・・・


「お墓を作り、死者を祭ったり、お墓にお参りするというのは、
その土地に根付いている農耕民族の文化なんです。」


そういえば・・・
イスラム教徒のお墓も、国や地域によっては違うでしょうが、
私が教えてもらったトルコ人に言わせると、
日本人のように1年に何度もお墓にお参りするという習慣は無いと言っていた。
イスラム諸国の中東地域は、元々は放牧民だったから??
日本人がよく言う「お墓を守る」という感覚は持っていないとも言っていた。

国、地域、民族、文化によって、
死者に対しての感情や、お墓への思いが全然違うんだと改めて知ることができた。


この話を聞いたからではないが、
ここ最近、思うことがある。
お坊さん、お寺関係、家族には反感をかうだろうが、

私は、戒名なんていらない!!


できることなら、お墓もいらない!!

最近、マジでそう思う。。。




1/30(日)は、民族学博物館(みんぱく)
「ことばの世界へ」言語セミナーがあり受講してきた。


セミナーの内容はめちゃめちゃ面白く、
後半には20年前にN○Kの番組取材に同行したときの映像(番組)を見せてくれた。

この番組のお手伝いをしたのが、今回の教授。
その時の撮影の裏話も教えてくれた。

20年前の若かりし日の教授が、ジープを運転しながら案内役として画面に何度も出てくる。
教授、めちゃくちゃ若々しい。

このN○Kの番組を20年前に、リアルタイムでテレビで見ていたという人が会場にいた。
これには教授もびっくり。


サン族の村に行って、住民と挨拶すているシーンがある。
若かりし日の教授が歩いて行き、「ハーイ」(現地語だったかも?)と挨拶しているにも関わらず、住人は反応が乏しい。
実は3回も撮り直しをして、住民は「またかー」という感じだったそうな。

たった数秒の挨拶のシーンだけでも3回も撮り直すって・・・
テレビってめんどくさー

その他にも、どのようにして狩猟をするのか、撮影するために、
カメラテストなど住民に何度もカメラの前で見本を見せてもらったらしい。
N○Kクル―の通訳もしていた教授は、
「今さっきやったことを今度はカメラの前でもう一度お願い」
と何度も住人にお願いするもんだから、めんどくさがられ、
「しつこい奴」という現地語の名前を付けられたという。

そら、住民もめんどくさがるやろう~

「乾燥地帯で、突然ロバに乗った男性が現れた」
とナレーションが入った。
そこですかさず、教授が言った。
「実際は、全然偶然でもなんでもなく、僕たちが村から連れてきて案内してもらったんです」

テレビ番組って、ドキュメントと言いながら、
実際は作られたもんなんですねー

私も毎回そのことを念頭に置きながら見るようにしてるが、
N○Kの番組は、リアルに思える部分がけっこうあって、私ものめり込んでしまう時がある。

でも、実際は、もっともっと冷静に引いた目で番組を見ないといけないですね。

ドキュメントの場合、
内容までは大きく変更してないと思うんですが・・・
どうなんでしょーかねー?
舌うち言葉という言語を知っているだろうか?

南部アフリカ、カラハリ砂漠の過酷な地にコイサン族(コイ族・サン族)という民族が狩猟生活をしながら暮らしている。
(ほんとうは南部アフリカ一帯に暮らしていたが、白人に虐殺されたりして過酷な砂漠に追いやられた)
そのコイサン族が話す言葉。

私はちょうど1年前、南部アフリカ(南ア、スワジランド、レソト、ナミビア)約1カ月かけて旅した。
旅の目的は、以前から興味があったレソトと、ナミブ砂漠とヒンバ族に会いに行くことだった。

あまり口外してなかったが、時間があれば、カラハリ砂漠に住むと聞いていたコイサン族にも会いに行って、
彼らが話す舌うち言語とやらを聞いてみたいと思っていた。
しかし、コイサン族が住むエリアは個人では行けず、車をチャーターし5日間ほどかかると教えられ断念した。

レソトに行った時、英語を話す女性が「T」だか「C」の発音の時、聞きなれない発音が気になった。
もしかして、これが噂の舌うち言語か!?
でも私が想像していた舌うちとはちょっと違う・・・
レソトでよく耳にしたのは、奥歯から「チェ」と言うような発音。
だから、”舌うち”ではない。
それから私は現地の人たちが話す言葉が気になった。

次にナミビアに移動した時、砂漠に行くツアーガイド(アフィース)が携帯電話で話してるとき、ときどき舌うちが混ざっていた!
これが舌うち言語なのか!?
レソトとはまた別の種類だ。(ど素人の私が断言するのはなんですが…)

コイサン族もナミビアに分布してるし、やっぱナミビアの人たちは舌うちをつかうかも!?
私はアフィースにすごく細かく、舌うち言語について質問した。
もしかして彼のルーツはコイサン族か!?と思ったがそうではなかった。


私が南部アフリカを旅して感じたことは、
レソト人は英語を話している時にも舌うち言語が出てきて
舌うち言語が染みついているように思った。
でも、それはたまたま私がそのような人たちと会っただけかもしれません。

アフリカ帰国後、舌うち言語に興味を持ち、
いろいろ調べたが、調べが甘かったのか、私の疑問を解き明かすことができず、
民博に問い合わてみた。
しかし、民博の広報からの返事は、

「舌うち言語を研究している先生はいません。」

言語を研究してる先生に私の質問を伝えてくれ返事をもらったが、
私が求めていた答えではなく、大雑把で私でもわかっているようなことばかりだった。

なので、民博には舌うち言語について教えてくれる先生はいないのだとあきらめた。

この舌うち言語だけは、本が出ていたとしても、理解できるものではない。
聞いても違いがすぐには分からない。
舌うちの発音は、聞くだけではまねできない。
口の中を見せてもらって、舌をどのように動かしてるのか見せてもらわないとできない。
なので、もう一度南部アフリカに行って、舌うち言語をもっと調べるしかないのか…と諦めていた。

あきらめかけていた時、みんぱくのある教授の秘書をしている友人からメールがあった。
「かおりちゃんが調べている舌うち言語のセミナーがあるよ!」
この時、私は、一筋の光が差し込んだ気分だった。
私はすぐ応募した。

私は、基本、語学には全く興味が無い。
だから、ろくすっぽ英語も話せない。
英語、勉強しなな・・・と思うが、
英語の勉強より民族学的なことの方が興味がいっぱいで、
語学の勉強より自分が興味があることを調べてしまう。

ただ、舌うち言語だけは、今の世界全般で使われている「息をはきながら言葉を発する」のではなく、
ちょっと一瞬吸うようにして舌うちをするという世界で珍しい言語だし、
最初はコイサン族だけが話す言葉だと思っていたら、南部アフリカ全体の広範囲で使われていることに驚いた。


そして、1/30(日)はこの冬最大の寒波。
冷たい強風が吹く中、張り切って民族学博物館(みんぱく)での「ことばの世界へ」言語セミナーに行った。

10分前に部屋に入ると、もうけっこう席が埋まっていたが、
真正面の一席が空いていたから私はそこに座った。。

教授の第一声は
「こんなにいっぱいの人が来てくれるなんて・・・
みんな来てくれてありがとうございます」と感激していた。

サン語なんて、めっちゃマイナーな言語なだけに、
教授は人が全然集まらないんじゃーないかと心配してたらしいけど、
けっこう満席で、40名ほど入ってたんちゃうかなー?

教授のキャラがおもしろくて、セミナーは最初から最後まで笑いが絶えなかった。
教授は舌うち言語の専門家ではないらしいけど、舌うち言語の元祖コイサン族を研究してる。
だから、あの難しい舌うち言語を自由自在に使える!!
すごい!!!

1時間半のセミナー予定やったけど、質問が飛び交って(その中で私は3回質問)
30分以上もオーバーしたほどだった。

教授の楽しいお話に引き込まれ、あっという間に終わってしまったように感じるほど大満足の内容だった。
絶えない笑い声からして、参加者の多くが私と同じ感想だったと思う。

いろんな人からも「第二弾をしてほしい」という声が上がっていた。
もちろん私も同感。


セミナー終了後、教授はたくさんの参加者から個人的に質問を受けていた。
私もにいっぱい質問させてもらった。

私が、去年レソトとナミビアも行って、レソトにも舌うち言語があるっていうたら、
教授はめちゃくちゃびっくりして、

「きみ、すごいよ!!
今、世界ではレソトの舌うち言語が大注目されているんだよ!

どこの世界で注目されてるのかわからんけど、
教授の興奮状態からして、私がレソトでいろんな種類の舌うち言語があることに気がついたこともすごいらしいが、録画もしてきたことが貴重な資料になるらしい。

「世界では、舌うち言語を研究してるのはカナダの教授だけで、
レソトの舌うち言語を研究してる人は世界でもまだいないから君がするべきだよ!」

えぇっ~!?

「私、ど素人ですし、研究者でもないですし・・・」

「舌うち言語に注目し、それだけ知ってるならもう十分だよ!
僕の知ってる限り、日本では他にいないよ!」

私は舌うち言語のことを詳しく聞けただけでもめちゃくちゃうれしかったのに、
教授にそんなことを言われて、舞い上がってしまった。

その日は興奮して夜もなかなか寝付けないほどだった。


教授は名刺もくれた。

翌日、早々お礼と私がレソトとナミビアで調べてきた舌うち言語について細かく伝えた。

すると、すぐに返事があった!!
(私のようなど素人にすぐ返事をくださるなんて~ なんて丁寧な方や~)

教授からの返事に私は大興奮!

「全体として、舌うち音をここまで執着している(よい意味で)のは、
日本でおくださんぐらいかもしれません。
是非、その関心を深めていってほしいと思います。
研究者は音韻とかに専門化してしまい、
全体像の把握にかけることが多いので、
おくださんの視点は貴重です。

ひょえーーーー!!!
南部アフリカの専門家(教授)に、そんなことを言ってもらえるなんてーー!!

私は昔から「考え方や視点が変」と家族や周囲の人に言われ続けてきた。
それは、いい意味ではなく、悪い意味で言われ続けてきた。

教授のような方から、私の視点は貴重やって言われるなんてまるで夢のよう。

民博の南部アフリカの展示コーナーは、先生が監修しているという。
みんぱく ヒンバ


みんぱく ヘレロ 1

教授と、ヒンバ族やヘレロ族の民族衣装の話で盛り上がった。
普通なら、私がヒンバやヘレロの説明をしないといけないが、相手は私以上に知っていて、
めっちゃマニアックな話で盛り上がれる人はなかなかいない。

ヒンバやヘレロの民族衣装について盛り上がれるなんて夢のようや~
めっちゃ嬉しい~♪



今回、長い間先生に質問したり、一緒に質問していた人とお喋りしていて、
展示を見に行く時間がなかった。
また改めてアフリカのコーナーを見に行こうと思う。

「みんぱく」は、私の大好きな物、興味ある物が全てそろっている。
あんなに楽しい場所は他に無い!


みなさんも、ぜひ「みんぱく」に行って、アフリカのコーナーを見に行ってくださいね!!




ブログを見てくださっている方から、
「アフリカ旅行のスケジュールや行程があると分かりやすいかも」
と、アドバイスを受け、
あぁ~ たしかにそうやなぁ~ と納得。
ということで、南部アフリカの旅の行程です。

私も気が付かないことが多々あるので、
このようなアドバイスは本当にありがたいです。
ありがとうございます。


*************************************************


【南部アフリカ(南アフリカ、スワジランド、レソト、ナミビア)
2010.1/25-2/20 27日間の旅】


1/25 関空出発
1/26 カタール(ドーハ)→南アフリカ・ヨハネスブルク着 14:25着
1/27 プレトリア市内散策、ンデベレ族
1/28 〈移動日〉 
    プレトリア5:45発→スワジランド・マンジーニ20:20着  
1/29 スワジランド (マンジーニ→ムババーネ→エズルウォニ)
10/30 午前中2人で徒歩サファリ 
    午後から移動(エズルウォニ→ムババーネ→南ア・ヨハネスブルク)
1/31 ヨハネスブルク(イーストゲートで買い物夕方までゆっくりする)
   〈バス移動〉 ヨハネスブルク17:45→ブルームフォンテン23:30
2/1  〈バス移動)ブルームフォンテン11:30 → レソト
2/2  レソト マレアレア・ロッジ1泊2日
2/3  レソト マレアレア・ロッジ1泊2日
2/4  レソト 休息日
2/5  〈大移動日〉レソト→南アフリカ→ナミビア
    (レソト・マセル 5:30発 → 南ア・ブルームフォンテンへ
     ブルームフォンテン9:25発 →アピントン16:45着
     アピントン18:30発 → ナミビア 国境深夜入国
2/6  ナミビア・ウィントフック6:55着
    ウィントフックで休息 サトルと出会う
2/7  ナミブ砂漠
2/8  ナミブ砂漠
2/9  ナミブ砂漠
2/10  レンタカーで大西洋へ
2/11  レンタカーで大西洋からウィントフックへ
2/12  ヒンバ族の村へ
2/13  ヒンバ族の村からウィントフックへ
2/14  午前中サトルとショッピング 午後サトルとお別れ 
    午後ゆーすけと南ア→ナミビアまでのバスで知り合った女性の家に遊びに行き一緒に夕食
2/15  夕方まで休息 ウィントフック18:30出発 
2/16  13:30 南ア・ケープタウン着
2/17  レンタカーで喜望峰へ
2/18  午後まで土産を買いあさる
    15:45 空港行きのバスピックアップ
    ケープタウン 18:40発 アフリカよさようなら・・・
2/19 カタール(ドーハ)7:05着
    ドーハのモールでショッピング
2/20  ドーハ0:50発→関空16:20着


とまぁ~ こんな感じでした。
なんとなく、全貌が分かってもらえるかな?



ちなみに、一緒に旅したゆーすけは、
私より1日早い出発で、帰りは5日遅い帰国でした。
私が帰国後の5日間、ケープタウンでゆっくりしてたそうです。




プロフィール

かおり

Author:かおり
旅が大好きで、気がつけば50数カ国旅をしています。2006年念願だった旅行記を出版。
多くの人に旅の魅力やイスラムの国々の良さを知ってもらおうと、書著「やっぱり旅はやめられない イスラム編」を書きました。
2008年に第2弾となる「中国編」を出版。

最寄の書店での注文、もしくは上の“おすすめ商品!”の「やっぱり旅はやめられない」をクリックしてみてね!

プロフィール写真は、私本人ですが実物はまるで違います…あしからず。

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日記タイトル一覧
  • 南部アフリカ
2012年02月14日 (火)
玉龍雪山 3
2011年02月02日 (水)
墓がない
2011年02月01日 (火)
番組の裏側
2011年01月31日 (月)
舌うち言語
2010年09月09日 (木)
南部アフリカ 旅の行程
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