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スーパー銭湯から帰宅したのはもう24時。

私は疲れで睡魔に襲われていた。
眠いのは私だけではなく、メロディちゃんも同じだったと思う。
でも、彼女は「明日は那須に帰るだけ。バスで眠ればいいから。
那須でも同室の友人といつも2時や3時まで喋ってるから大丈夫。」と、
写真を見せてくれた。

写真は、日本での暮らしの様子。
日本に来て初めて雪を見て感激した話しや、日本の畳が大好きで、
日本の生活スタイルが気に入っているなど、いろんな感想を聞かせてくれた。

日本が好きだったり、日本に興味があって来る外国人とはちがって、
彼女は、日本のことなど全く知らなかった。
そのような人から日本の印象を聞くのはなかなか面白い。

そんな話を聞かせてもらっていると、時間がたつのは早く
気が付けばもう夜中の3時・・・



翌日、集合時間に間に合わすためには8時過ぎには家を出ないといけない。
7時半に朝食と2人には伝えてある。
私は7時に起き、朝食の準備。

夜中にピザトーストを作っていたから、温めるだけ。
朝食は、2人に大好評で作り方まで質問された。
朝食は喜んでもらえて一安心。

2人を集合場所まで見送り、お別れ・・・


あっという間のホームステイ受け入れの3日間だった。


反省点はいっぱあるが、
いい経験をさせてもらえて充実した3日間だった。

またホームステイを受け入れしたいなぁ~



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昔は「ツーリスト・パラダイス」と言われた時期もあったジンバブエ。

私がジンバブエに行ったのは、1998年の12月末~正月にかけて。
(当時の様子は「我が家に黒人がやってきた 2」を見てね)

拠点となる町では、屋台でフルーツを売っていて、食堂も町に1,2軒あった。
しかし、食堂には飲み物は売っていても、これといって食べ物がない。
空腹だった私は、ジンバブエ人と奪うように最後のチキンを確保した。
しかし、チキンは固くおいしいと言えるものではなかった・・・
食器やフォーク、ナイフは汚れていて、あまり気にしない私でもティッシュでふき取って食べた。
ふき取ったティッシュは真っ黒になった・・・

当時、ジンバブエはインフレが加速しているとは聞いていた。
200$を両替しようとしたら、「そんなに両替できるジンバブエ$はない」と言われ、50US$を両替した。
すると、ジンバブエ$は10cm以上の束になった。
(両替を断られたのは、小さな町だったからなのかも?)

2000年に入ると、国内状況はどんどん悪化していると風のうわさで聞いた。
2008年にはインフレ率が数十万%だとか、
失業率が85%だとか新聞の国際面に小さく書かれてあった。

そして2009年には、とうとうジンバブエ$は紙切れ同然になり、

今、ジンバブエでは自国の通貨というのが無い。

自国の通貨がなくなるなんて、私には想像ができない。
もしも、日本でそのようなことになったら、大パニックになるだろう。
今までコツコツと貯めていたお金が、何の価値もなくなり、紙切れ同然の世界。
何十万、何百万持っていても、パン1つも変えない世界。

そんなことがジンバブエではたった1.2年前の出来事だ。

日本人の感覚からすると、もう国が崩壊しているといってもおかしくない。

「自国の通貨が使えなくなった時、ジンバブエはどうだったの?」
「そんなに問題ではない、今は大丈夫」

彼女の口調からして、そんなに混乱もなく、淡々と人々は日常生活をしていたようだ。
きっと日本ならマスコミも大騒ぎして、国民が大パニックになるだろうな…

「今の通貨は何?」
「主にUS$、南アフリカのランドも使える」

通貨が無くなる前、ジンバブエ$の桁の0が数えきれなくなるほどの億単位になり、
さらには兆という位のお札まで出た。
人々は、両腕に抱えきれないほどの何兆ジンバブエ$を持って行ってもパン1つしか買えなかった。

その時の映像があり、彼女に見せた。
すると、彼女は、当時の映像が日本で見れることに驚きながらも
当時を懐かしむように
「あのときは、こんな大量のお金を持って行ってもパン1つしか買えなかったのよ」
と笑いながら話してくれた。

もう笑える話なんだ・・・

「ジンバブエはたくさんの会社が倒産して、大学を出ても仕事がなく、
人々は仕事を失い南アフリカに出稼ぎに出ているって聞いたけど」

「そう、ジンバブエの会社はたくさん倒産した」

「じゃ、みんな貧しい人たちばかり?」

「NO. たくさんの人がリッチ」

意味が分からない・・・

「ジンバブエの60%はリッチ。
それも大金持ち。
30数%の人は、普通。
残りの数%の人は貧困」

会社が次々に倒産して仕事もないのに、60%もリッチ層がいるなんて理解できない。

もっと突っ込んで質問すると、
ジンバブエは今、金やダイヤモンドが豊富で、信じられないリッチ層が増えているんだとか・・・

金やダイヤモンドって、国民の60%をリッチになるほどのものなのか・・・


何度聞いても私には、国民の60%がリッチだなんて信じがたい。
もしかすると、私たちのリッチとは感覚のずれがあるのかも・・・?

彼女の話しは嘘ではないだろうが、
またジンバブエに行って自分の目で確認したい気持ちにかられた。


彼女との話しは尽きない。
彼女も広島からの長旅で疲れているにも関わらず
私の質問に深夜まで答えてくれた。

「まだまだ質問があるの。
また明日の夜、教えてね」

「いいわよ。明日は何時でも付き合うわ」


続く・・・・


夕食のお好み焼きを食べながら、今のジンバブエの状況を教えてもらう。

少々聞きにくい話しなので、事前に私の胸の内を伝えた。

「私はジンバブエのことをもっと知りたいから、あなたにたくさん質問がある。
でも、私の質問に気を悪くしたらごめんなさい」

「大丈夫、何でも聞いて、何でも答えるわ」

11年前に行った時、首都のハラレは強姦、強盗が頻発していて、
旅行者は1人で宿を出ると即狙われるため、同じ方向に行く旅行者が集まってから
危険なハラレを脱出していた。

宿だから安全というわけではなく、窓の鉄格子を力づくでこじ開け侵入し、
シャワーを浴びているすきに荷物を奪われたという日本人女性もいた。

中には空港やバスターミナルから宿に向かっている最中、
首絞め強盗に遭い荷物をすべて奪われたというドイツ人女性。
荷物を奪われただけならまだラッキー。
オーストラリアから飛行機でジンバブエに到着し、
宿に向かっている最中に大柄な男性6人に襲われ草むらでレイプされたという女性もいた。
当時は6人に1人がエイズで、猛スピードで年々悪化している状態だった。

その話をすると、彼女は大きくうなずいていた。

ジンバブエで合う日本人から、
「早くジンバブエから脱出した方がいいよ。この国の秩序はもう失われている」と言われた。

「今はどう?」

「今は安全」

「ほんと!? 本当に大丈夫?」

「昼間は大丈夫だけど、夜に出歩くのは危険。
それに女性が1人草むらに入っていくとレイプされたりするから人がいないところに1人で行くのは危険。
夜は男性でも危ない。
子供もたまに行方不明になる。
たぶん殺されているんだろう」

「なぜ? なぜ殺すの?」

「それは私にもわからない。
日本でも、子供の虐待や子供だけを放置して家の中で死亡する事件がある。
親が死んでも葬式もせず、家の中で白骨化する事件があった。
私には理解できない。
ジンバブエでも理解できない殺人はときどきある」



続く・・・


11/18-21まで、2泊3日でホームステイ受け入れをした。

我が家に外人が来るのは3.4人目。

2年前の約1年間、ある事情で近所に住むカナダ人女性が
週に1.2度、我が家に晩御飯を食べに来ていた。

今年の春、中国人留学生の友人チンカンが、帰国前にアパート解約したら、
帰国日までの5日間住むところがなり、我が家で帰国準備をしていた。

食事や遊びに何度もしたことがあるチンカンでも、
一緒に住むと食生活や習慣の違いを見ることができて楽しい5日間だった。

お隣の中国人でさえ文化、習慣の違いを感じたのに、
アフリカ人だったらどんな生活習慣の違いを見せてもらえるんだろう♪

来る前からワクワクしながら、ジンバブエとウガンダ、ルワンダの勉強をしていた。
我が家に来るのはジンバブエ人とウガンダ人。
ウガンダとルワンダは隣国。
ウガンダの情報が少ないため、16年前に起こったルワンダの大虐殺に関する番組や(以前録画していた)映画を何度も見た。
(隣国だし全く無関係でもないので)


ジンバブエ人の名前はメロディー。
ウガンダ人は、デイビット。

デイビットは19日は別の家に泊り、我が家には2日目だけの宿泊になった。

19日の夕方、メロディーと会った時、私はめちゃめちゃ嬉しくて、嬉しさのあまり目がうるんだ。

彼女の服装は、ジンバブエ産っぽい黒いスカートにジャケット。
19日の夕方はとても寒くて、その上にグレーのフリース。
足元は黄色の靴下に青のビーチサンダル。

寒さ対策に持っている服を全て着こんでいるように見えた。


今回ホームステイ受け入れを紹介してくれたTちゃんのところにはインド人のカリン。
インド人といってもカリンちゃんはバングラディッシュの上、ミャンマーとの国境近くの村に住む少数民族。
だから見た目はインド人と言われてもピンとこない。
どちらかというと日本人にも見える。

カリンちゃんとTちゃんと別れて、メロディーと2人で、我が家の近所にあるおいしいたこ焼きを買って家に帰る。
家までの道のりで、「私11年前にジンバブエに行ったの」と言うと、メロディーちゃんは歩く足を止め甲高い声で驚いた。
まさかジンバブエに行ったことがある人が、ホストだとは思いもしなかったみたいでとても驚いていた。

「ジンバブエのどこに行ったの?」
「グレートジンバブエとビクトリアホール」
「ヒィーーー!!(メロディーちゃんは驚いた時いつもヒィー!と言う)
グレートジンバブエに行ったの!? 私の住んでるところはグレートジンバブエに近いよ!」

彼女の髪の毛は細かい編み込みをしてあった。
でも、私がアフリカで見た編み込みよりけっこう雑。
「この髪形どうしたの?」
「自分でやったの」
ジンバブエでは美容院でやってもらうが、日本ではしてもらえるところがないため、自分で細かく編み込んだという。

彼女の顔の肌はとってもきれい。
「あなたの肌、きれいね! ファンデーションつけてる?」
「私は化粧はしない」
「じゃ、すっピン?」
思わず彼女の頬に手を伸ばしすべすべ肌を触ると、メロディー大爆笑。

靴下にビーチサンダルといういでたちといい、髪型といい、彼女の肌といい、私は彼女に夢中。



続く...






プロフィール

かおり

Author:かおり
旅が大好きで、気がつけば50数カ国旅をしています。2006年念願だった旅行記を出版。
多くの人に旅の魅力やイスラムの国々の良さを知ってもらおうと、書著「やっぱり旅はやめられない イスラム編」を書きました。
2008年に第2弾となる「中国編」を出版。

最寄の書店での注文、もしくは上の“おすすめ商品!”の「やっぱり旅はやめられない」をクリックしてみてね!

プロフィール写真は、私本人ですが実物はまるで違います…あしからず。

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