ミャンマーでのことを報告として書こうと思うが、いろんな思い、辛さがよみがえり
気持が沈んでしまってしんどくなる…

ちーちゃんの親友もこれを見てくれているらしいが、ブログで書けない事だらけ。
だから何を書けばいいのか分からない。

今回ミャンマーに行って、殺害現場近くの街に行くと、日本まで伝わってきてなかった事実がいっぱいあった。
ヤンゴンまでも届いてなかった事実がいっぱいあった。
国内でさえ全然伝わってないのだから、遠く離れた日本になどちゃんと伝わるわけがない・・・

報道とは全く違っていた。

バガンでは、私たちが探していた人にも、神様が引き合わせてくれたように会うことができた。
その人は、思っていた以上に、ちーちゃんの最後の姿を知っていた。

毎日いろんな事実を知ることとなり、頭をコンクリートで殴られたような衝撃を受け、
平常心を装うのに必死だった。


事件場にも行ってきた。

報道ではちーちゃんが『「キマメ畑の写真を撮りたい」と言ってバイクを降り、その時犯人に襲われた』と伝えられていたが、現場に行くとウソだとすぐ分かった。
死人に口なしで、あれは犯人が自分の不利にならないためだろう…

報道人が1人でも事件現場に行っていたら、現場を見たら嘘だとすぐわかることなのに…
ちーちゃんの今までの報道で事実などない。


知りたい人もいるだろうが、私は帰国後、人を選んで直接会って話しするようにしている。
メールや電話で話す内容ではないから・・・

お通夜に駆けつけてくれた人、遠方から葬儀に参列してくれた人、
私と同じようにちーちゃんの親友で、ちーちゃんの死になぜ?と悩み苦しんでいる人にしか話さないようにしている。


これ以上、ミャンマーで見聞きしてきたことは、ブログではふれないことにした。

ちーちゃんの友人で、ミャンマーでの事を知りたいという方は、私に連絡ください。
直接会って、話せる範囲でお話させてもらいます。




バガンでは事件現場に行き、畑の所有者に了承してもらい、
3人のお坊さんにもきてもらい、供養してきました。
みんなの分までお祈りしてきました。
お坊さん供養

6.25 (60)供養

6.25 (77)現場

ミャンマー2日目

ランチを食べ、歩いてシェタゴンパヤーへ行った。
Oさんによると、ここはちーちゃんが行きたかったが、行けなかったところらしい。
今回の旅は「ちーちゃんが行きたかったが行けなかった場所に行く」というのがご両親の目的。

ちーちゃんは夜にヤンゴン入りして、翌朝国内線に乗ったらしい。
「帰国前にヤンゴンで少し時間があるから、その時にシェタゴンパヤーに行く」と言ってたらしい。

それを聞いたご両親はシェタゴンパヤーに行くとき、ずっとうつむき加減だった。
Oさんとはあえて普段どおりにご両親と接する用に心がけていたが、私も気持が乗らなかった。


6.21 (17)シェタゴンパヤー入り口

6.21 (21)シェタゴンパヤー入り口階段

空まで伸びているように思うほどの階段を見ても、何も思わない。
普通ならワクワクして寺院の階段を登ってると思うが、全然嬉しくもない。
階段のすごさも何も感じない。
ただ無だった・・・

6.21 (25)シェタゴンパヤー1

6.21 (28)シェタゴンパヤー2

Oさんは「すごいでしょー」と皆を元気づけようとしてくれていたが、
私は全てゴールドの寺院を見ても、何も感じられなかった・・・

ほんとうは世界遺産級のすごい寺院なんだけど、ちーちゃんが見れなかったものを見ても何も感じられなかった・・・

沈みがちな私たちに2人の男性が声をかけてきた。
1人はお坊さん。
もう1人は英語を話す若い男性。
若い男性は、私たちを見て「家族か?」と聞いてきたが、4人で顔を見合わせ苦笑い。
次に私たちの生年月日を聞いてきた。
男性は、Oさんと私がきょうだいか夫婦かと思ったようだが、年齢が離れているのを知り不思議そうだった。
しかも、4人とも表情が暗い。

4人それぞれの神様のところに案内され、お参りすることになった。

6.21 (36)シェタゴンパヤー3

cさんが今年の正月ミャンマーに行った時、ちーちゃんの供養をしてくれた。
その時の写真の様子から、cさんはここで供養をしてくれたんだとわかった。
こんな立派な寺院で供養をしてくれてたんやね・・・
供養の写真を思いだし、涙があふれ出た。

「私たち4人のお参りより、ここでちーちゃんの供養をしたほうがいいんちゃう?」
Oさんに提案した。
ご両親にも話をし、ちーちゃんの供養をしてもらうことにした。

その時初めて、ちーちゃんのことを男性に話した。
男性はあの事件のことを知っていたようで、とても驚いていた。
あの事件の被害者のご両親だと知ると、とても申し訳なさそうな顔になった。

6.21 (72)シェタゴンパヤー4
供養中、4人は号泣だった。
Oさんは「僕がいながら助けてあげれなくて、ごめんなさい・・・」とずっと言っていた。
彼はそのことでずっと苦しんでいるんだろう・・・


ミャンマーで一番有名で大きな寺院でちーちゃんの供養ができてよかった。
シャタゴン・パヤーの美しさに浸る気持には全くなれなかったが、
ちーちゃんの供養ができたことがよかった。

ご両親も同じ気持なのか、帰りはほんの少しだけど笑顔がこぼれるようになっていた。
衝撃的な話を旅行代理店の人から聞き、
私はあまりにもショックすぎて何も考えられなくなり、部屋に戻るとそのまま眠ってしまった。

電話のコール音に起こされた。
時計を見ると夜の9時。

別の便で半日遅れで到着したOさんからだった。
Oさんと合流し、ご両親の部屋に行き、4人で夕食に出ることになった。

両親の表情は常に硬い。
無理もない・・・

明日の予定を話しあい、部屋でもOさんと話しあう。
Oさんもさすがに疲れたのだろう。
明日の予定の確認している最中に返事が無くなったと思ったら、彼は一瞬にして眠った。

私も旅の疲れやいろんな疲れで早く寝た。


ミャンマー2日目。
その日は朝9時過ぎに、あるところに行った。
そこでちーちゃんの事件の詳細を聞くことになっていた。

私とお母さんは最初から最後までずっと号泣。
お父さんはずっと下を向き、ひたすら耐えているように見えた。


いろいろと説明を受け、お昼にそこを出て、4人で昼食を食べに行った。


さっそくミャンマー料理。
6.21 (8)ヤンゴン昼食

ちーちゃんの事件の詳細を聞いても、4人それぞれ思うことがいっぱいあるのだろう。
みんな口数が少ない。

Oさんが気を使っていっぱい喋ってくれていたが、
私もご両親も何も考えれれず放心状態だった。


お父さんは外国の得体のしれない食べ物は怖いようで、なんでも先にお母さんに食べさせる。
お母さんが「大丈夫」と言えば、恐る恐る食べていた。
お母さんが大丈夫と言った物でも、お父さんにしてみたらダメだったようで、「これは無理だー」とか言っていた。
お母さんが「これはお父さんは無理だねー」と言ってるのに、お父さんは好奇心はあるようで、みんなの心配をよそに口に運ぶ。
「うわー やっぱりダメだ―」
だからいったこっちゃないー

お父さんの好き嫌いのおかげで、なんとか場がなごんだ。




私たちがヤンゴンのホテル到着する頃、現地旅行代理店の人が
国内線のAirチケットを持ってきてくれ、支払いをする約束になっていた。

しかし、私たちは台風が直撃しヤンゴンに到着したのは、当初の予定より6時間以上も後だった。

待合せのホテルに到着しても旅行会社らしき人はいない。
フロントで電話を借り、旅行代理店に連絡を入れると数分後に来てくれた。

ご両親と一緒にフロントのソファに座り、旅行代理店からAirチケットを受け取り、
ヤンゴンのホテルの2泊分の料金を払った。
ホテルの予約の控え、Airチケットのコピーにサインを求められ、
私が代表してサインした。

ひと通りの作業が終わり一息ついた時、旅行代理店の男性が驚くことを言った。

「私は、皆様をお待ちしていまた。
実は・・・ 私は○○○○さん(ちーちゃんの本名)を空港に迎えに行きました。」

私は息ができないほど驚いた。

「えっ!? ちーちゃんと会ったことがあるんですか?」
「はい。 空港に迎えに行き、ホテルまで送迎しました。」

ちーちゃん、そんな手配もしてたんやね・・・

「なんで私たちがちーちゃんと知り合いだとわかったんですか?」

私は予約する時、一言もちーちゃんの名前を出していない。
今回の旅の目的も何も一切話していなかった。

「飛行機を予約するとき、皆さんの名前を教えてもらいました。
ご両親の名字と彼女の名字が同じでした。
○○(ちーちゃんの名字)は日本でも珍しいです。
名前で夫婦だとわかりました。
いつかきっとご両親がミャンマーに来るだろうと、私は待っていました」

そう言うと、彼は国内線チケットのコピーを見せてくれた。
そこには、「○○○○」と、ちーちゃん直筆のサインが書かれてあった!
特徴あるちーちゃんの字。
まさしく、ちーちゃんのサインだ!
こんな形でちーちゃんと再会するなんて・・・

ご両親と3人で号泣・・・

そして、彼はさらに驚くことを言った。

「彼女は到着した日、ヤンゴンで一泊しています。
実は、彼女が泊ったホテルは、
今皆さんが泊っているこのホテルなんです」


えっ・・・・
まさか・・・
ヤンゴンでちーちゃんはどこに泊っていたのか、全然わからなかった。
まさか、こんな形で知ることになるなんて・・・
しかも、偶然にも私たちが泊ってる同じホテルだったなんて・・・

「ちーちゃんはこんな高級ホテルに泊ってたんですか?」
「ヤンゴンは急にホテルが値上がりしてしまいました。
彼女が泊った半年前は、ここは30$ほどでした。
今は当時の3倍になりました。
その時の彼女のサインもあります」

そういうと、ホテル宿泊の控えにちーちゃんのサインがここにもあった。

ほんとうにちーちゃんはここに泊ってたんだ・・・

「私、最初は違うホテルを予約しましたよね?」
「はい、2泊することになり、
最初のホテルは2日目が満室で連泊でいないから、
お客様がこのホテルを指定しました。
きっと彼女がそのようにしたのでしょう」

今回の旅は何か間違いがあってはいけないので、私はメール以外にも念のため、出発前2度電話していた。

「メールや電話もしてたのに、なんで何も言ってくれなかったんですか?」
「途中から、彼女と親しい人かなー?と、なんとなくわかりましたが、
こういうことはご両親に直接言った方がいいと思ったから。」

そう言うと彼は、当時空港にちーちゃんを迎えに行った時に使用した「○○○○様」と書かれたA4の紙を見せた。

「これを持ってちーさんを空港でお出迎えしました。」

「これを全て保管してくれていたんですか!?」

「はい。いつかご両親がミャンマーに来ると信じていました。
両親が来たら、これを渡そうと保管していました。」

「でも、今回私がたまたまあなたの旅行代理店を選んだからこうして会うことができたけど、もしも私が違う旅行代理店に頼んでいたら会えなかったんですよね?」
「そうかもしれないですが、私はきっといつか両親がミャンマーに来ると思っていました。
その時がきたらきっと会えると信じていました」

ミャンマーの人々の考え、私たち日本人の想像をはるかに超えた、
超越した哲学的な考えを持っているのかもしれない・・・

「ちーちゃんの事件はいつ知ったんですか?」
「事件があった時、新聞に載ってて知りました。
私のお客さんだったから、驚きました。
この度は、ミャンマー人が酷いことをしてすいませんでした・・・」

彼はミャンマー人代表で両親に直接謝ってくれた・・・・
両親は、ただ、ただ、号泣していた。

彼は、ちーちゃんの事件の事が書かてれある新聞も保管してくれていた。
「ミャンマー語で読めないでしょうし、読むのも辛いでしょうが、
彼女のことが書かれた記事なので、ご両親にお渡しします。」

そして、ちーちゃんのプラカード、ちーちゃんが残したサイン。
彼が両親が来るまで保管していた物全て両親に渡してくれた。

ミャンマーに到着して早々、こんな衝撃的な出会いがあるなんて・・・

全てちーちゃんが導いてくれてるんかな・・・?


台風で出発が遅れ、私はほとんど眠れてない。
しかも、ホテルに着いた途端、空白だったヤンゴンでのちーちゃんの足取りがわかり衝撃を受け、
1日目にして、私は疲れ果てた・・・


これから先、このような事実を否応にも知ることになる旅になるんだろうな・・・
そう考えるとミャンマーでの日々がすごく辛い・・・



ヤンゴンに到着し、タクシーでホテルに向かう。
今回ヤンゴンのホテルは、現地旅行代理店を通じ、予約してある。

私の今までの旅なら、ホテルの予約なんてせず現地に行って自分の目で確認し、気に入れば値段交渉しチェックインする。
本当なら安宿で泊りたいが、今回はご両親を連れての旅。

しかも今ヤンゴンは今急成長していて、世界各国からビジネスマンが泊り、どのホテルも満室で予約も厳しいらしい。

今回、前もって日本からミャンマーの旅行代理店にお願いし、ホテルの予約をして行くことになった。

ちーちゃんがミャンマー旅中、一緒になった日本人男性Oさんもミャンマーに同行してくれることになり、
5/16に2人で打ち合わせをした。

ちーちゃんは、ミャンマー往復のairチケットをどこの旅行会社で取ったのか、わかっていない。
しかも、ミャンマーでの行程も誰も知らなかった。

Oさんが名乗りでてくれたおかげで、
誰もがわからなかったちーちゃんのミャンマーでの足取りが少しわかってきた。
ちーちゃんは、ヤンゴン→マンダレー→バガンのルートで旅していた。
マンダレー、バガンの宿もわかった。
しかし、ヤンゴンのホテルだけはわからなかった・・・

「僕とちーちゃんの飛行機のチケットが、なぜか入れ替わってたんです。
彼女も僕も同じ旅行会社で飛行機をとっていたようです」
ちーちゃんは飛行機でミャンマーをまわっていたことを知った。
「え!? どこの旅行会社?」
「○○です」
私はその旅行代理店の名前をすぐひかえた。

私たちも今回、飛行機でまわることになる。
「じゃ、同じ旅行代理店で飛行機をお願いしようかなー?」
「同じ旅行会社だと、ご両親はお辛いのでは?」

たしかにそうかもしれない…


Oさんに言われ、違う旅行代理店にお願いしようかと考えたが、
なんとなく虫の知らせというか、引っかかるものがあって、
ちーちゃんと同じ旅行代理店で、現地の飛行機、ヤンゴンのホテルの手配をお願いした。

当初の予定では、ヤンゴンは1泊だけだった。
しかし、ご両親の体力を考え、ヤンゴン到着した日と翌日の2泊をヤンゴンで泊ることにした。

最初、ヤンゴン1泊だけの時、私は違うホテルの予約をお願いした。
しかしヤンゴン2泊することになり、そのホテルは翌日が満室だった。
2日目はホテルを移動するか、もしくは2泊とも違うホテルに泊るかになった。

5$ほど高めだったか、ホテルを移動するのもめんどくさいので、2泊とも当初の予定とは違うホテルに泊ることになった。





プロフィール

かおり

Author:かおり
大阪出身
旅が大好きで、気がつけば40数カ国旅をしています。そして念願だった旅行記を2006年出版。
多くの人に一人旅の魅力やイスラムの国々の良さを知ってもらおうと、書著「やっぱり旅はやめられない イスラム編」を書きました。
2008年に第2弾となる「中国編」を出版。

最寄の書店での注文、もしくは上の“おすすめ商品!”の「やっぱり旅はやめられない」をクリックしてみてね!

プロフィール写真は、私本人ですが実物はまるで違います…あしからず。

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