サッカーワールドカップ、日本vsパラグアイの試合は、大接戦でしたねー
日本は負けちゃいましたが、いい試合でしたねー

私、日本戦は、観戦に力が入ってしまってドキドキハラハラしてしんどいっすわ~ 
他国の試合を見てる方が気楽でいいな~ 
なぁ~んて言うたら非国民と言われるのでしょうか?

日本は敗れたけど、ワールドカップはこれからがさらにおもしろくなるから楽しみ~♪ 
でも、ベスト8までくると、ワールドカップももうすぐ終わりが近づいてるんだな・・・と寂しくなります。

念のため言っておきますが、
私は4年に一度、世界の強豪国やトップスターのプレイを見れるワールドカップが好きなだけで、普段からサッカー好きというわけではありませんからね~


先日行われた、イングランドvsドイツの試合、見ました?
あの、イングランドの疑惑のノーゴール。
結局イングランドは4-1で負けたけど2-1で負けていたら、どうなっていたんでしょうね。

あの日、カナダのオンタリオで行われていたG8サミット中、イギリスとドイツの首相同士が椅子を並べて、その試合中継を見てた。
あの疑惑のノーゴールでは気まずい空気になり、ドイツのアンゲラ・メレケル首相(女性)が、その場で謝ったんだとか。



さて、さて、
日本代表が負けてしまったパラグアイには、7000人もの日本人が住んでるんですってね。

私は2001年にパラグアイに行った。
現地で出会った日本人は移民者ではなく、貿易の仕事で
日本とパラグアイを行き来しているという30代の男性と会うことができた。

パラグアイで見かけた日本は、築地のトラック。
パラグアイ 2

首都までバスで5時間かかるエンカルナシオンという小さな町で、
日系人が経営する宿に行ったけど、もう2世3世で日本語は通じなかった。
(ん?もしかしてあの人たちも日本人とカウントされてるのかなー?)

私にとってパラグアイはブラジルからボリビアへ横断途中の通過地点だった。

ブラジル側のイグアスの滝から、アルゼンチンに渡り、バスでパラグアイに入った。
オンボロバスに揺られること3時間、エンカルナシオンへ。
パラグアイ バス

さらにバスを乗り換え30分だったか1時間近く行ったところの
南部のアルゼンチン国境近くに、
1970年代にイエズス会が建て、グァラニー族が4000人も住んでいたトリニーダ遺跡がある。
入場料が当時2ガラ(63円)
パラグアイ トリニーダ遺跡

ここ、世界遺産だけど、私が行った時は、だれもいなかった。
しかも、地元の人に「トリニーダ遺跡行きのバスはどれ?」と聞いても、
「トリニーダ遺跡?そんなん知らん」って人ばっかで、遺跡近くを通るバスを探すのにけっこう苦労した。



首都のアスンシオンに行くと、韓国系ばかり。
しかも、アスンシオンには韓国人街がある。
その街は、韓国人ばかりで、ハングル文字にキムチ屋さんが並んでいた。
アジア食に飢えていた私は、さっそく韓国料理屋へ。
店内に入ると、「アニハセヨー」といいながら、冷えたコーン茶を出してくれた。
長距離バス移動の疲れも一瞬にして取れ、なんだかほっこりした。
ビビンバを注文すると、本場の韓国並みにいっぱいのナムルを出してくれ、お腹いっぱい。
パラグアイ 1



首都のアシンスオンの市場。
パラグアイ 市場

これといって見るものがなく、大統領官邸に行ってみた。
パラグアイ 大統領官邸


パラグアイの国旗って裏表があるんですって。
パラグアイ国旗
さて、この写真の国旗は裏表どちらでしょう~?

なーんて、問題を出している私もはっきりわかりませんが、
たぶんこれは・・・表っぽい?
たぶんね。






2010年ワールドカップ、日本代表勝ちぬいていますね~

1カ月前のしらけムードはいったい何だったんでしょう?

開催国の南アフリカの治安の悪さや、日本代表が強化試合で負け続けてたから?

以前、今回のワールドカップが盛り上がっていないとを書いたところ、

「サッカーに少しでも興味のある人であれば、
言わずもがなでしょう。」

とコメントをいただきましたが、
私は、ワールドカップは世界の強豪国やスーパースターたちのプレイを見ることが楽しみだから、
日本がワールドカップに出てないとしても興味がある。

アメリカ大会では日本はドーハ(カタール)で負けて、
ワールドカップ出場ならなかったけど、
私としてはバッジオを決勝まで見ることができ、一番印象に残っている。
それに、目が血走って異常なほどのハイテンションのマラドーナにはびっくりしたなー
後に薬物使用で大会途中で追放さてましたね。



今晩は日本代表VSパラグアイの試合がある。
場所は、プレトリア。

プレトリアは、南アフリカの首都なんですよ。
ヨハネスブルクが南アの首都と思っている人もいるみたいですが、違いますよー

ちなみに、南アフリカの首都は3つあるって知っていました?

行政府は、プレトリア。
立法府は、ケープタウン。
司法府は、ブルームフォンテン。

ブルームフォンテンは、6/14日本VSカメルーン戦があった町。
ちなみに、ブルームフォンテンって、ものすごくコンパクトな町で、
スタジアムも町の中にあり、すぐわかる。


で、今日行われるプレトリアは、街が大きいこともあって、スタジアムは見つけられなかった。
(地図で調べたら、私が泊っていた宿からだと、街中心の反対側に歩くと、すぐのところにあったみたい)


では、プレトリアの街をざっくり紹介しますね。

市街地は格子状の道路が広がり、とても歩きやすい。
ヨーロッパからの移民の町だったこともあり、建物は石造りで街の中心には銅像多い。

プレトリア 7

プレトリア 8

街全体に緑や公園が多く、
街の中心のチヤーチ・スクエアでは、いつ行ってもたくさんの人がのんびりと過ごしている。

プレトリア 3

プレトリア 1

プレトリアの公園では、欧米諸国と同じ光景がみられる。
ただ、違うのは、肌の色が違うだけ。
目が合い挨拶をすると、陽気に挨拶を返してくれる。


人々は、昼寝をしたり、ピクニックをしたり、読書をしたりしている。

プレトリア 2
寝てる人は浮浪者じゃーないですよ。
一般人が昼寝をしてるだけ。


芝生の上で大の字になるって気持ちいい~♪
プレトリア 4

街は、こんな感じ。
ショッピングモールもあったり、ぶらぶらするだけで楽しい。
プレトリア 6

プレトリア 7

プレトリア 8

国立劇場もあり、オペラやバレエ、交響楽団のコンサート、演劇も行われていた。

学校が終わるころになると、制服を着た中高生たちが、友人たちとおしゃべりしながらバス待ちをしたりしている。
どこの国でも見られるような光景。

ヨハネスブルクから車でたった30分ほど行った隣町で、
こんなに違いがあるのか!と最初プレトリアに行った時は驚いてしまった。


少し郊外に行くと、このようなのどかな住宅地。
プレトリア 5

プレトリアにはジャカランダの木がたくさん植えられていて、
春になると紫の花をつけ、街が紫一色になる。
プレトリアは春がいいですよー
(分かっていることでしょうが、プレトリアの春は、日本の秋ですよ~ お間違いのないようにね)


プレトリアも物騒になってきていると言われていますが、
夜に出かけたり、物騒な場所に近寄らない、金目の物を持たない限り、身の危険を感じることはないでしょう。
夜にバスに乗るため、どうしてもバスターミナルに行かないといけないときなどは、タクシーを利用しましょう。
(ま、それはどこの国も同じですね)

プレトリアは、ヨハネスブルクの空港から車でスムーズに行くと30分~40分。
でも、2010年2月は、ワールドカップのため幹線道路は工事が行われていて、
常に大渋滞。
2~33時間もかかってしまった。



ちなみに、
プレトリアって標高1200mっもあるんですってね!!
いやー びっくり!!

どうりで、夏でも朝晩冷えるとな~と思ったわ~

ブルームフォンテンと同様、プレトリアも標高の高さを全く感じない。
ちなみに、ブルームフォンテンの標高は1400m。
(標高1400mといえば、白樺高原とほぼ同じ)

広大な大地だからか、なぜか標高の高さを感じない。

これはほんとうに不思議。




近頃、女性性器切除関係の本を読みあさっている。
ちなみに今は、西アフリカのトーゴの少女の実話本を読んでいる。
彼女は親族が決めた結婚で、
結婚式の前に女性器切除をされそうになり、それが嫌で逃亡した。
その後、彼女は波乱な人生を送る。


以前、
ワリス・ディリーの「砂漠の女ディリー」を読み、


女性性器切除のことを詳しく知り、衝撃を受け、
その後の彼女を知りたくて、
続編となる「ディリー砂漠に帰る」も一気に読んだ。



彼女はソマリアの家族に会いたくなるが、
ソマリアは、内戦状態が続き、世界一危険な国になっていた。
政府機関は機能しておらず、国が崩壊していた。
警察もなく治安は極めて悪く、誘拐、レイプ、殺人なんでもあり。
長い間の内戦状態で、作物は栽培されず、家畜の世話もできず、
さらにかんばつが襲い、十万人もの人が餓死した。

ディリーには、ソマリアから運良く国外に逃げ、オランダで難民となったお兄さんがいた。
彼女は母親に会いたくて、お兄さんとソマリアへ戻る決意をする。

「ディリー砂漠に帰る」では、ソマリアの現状がつぶさに書かれていて、
特に男尊女卑、氏族の問題はとても根深いものなんだと知った。
彼女の2冊の本はとても興味深く、涙なしでは読めなかった。

「砂漠の女ディリー」や「ディリー砂漠に帰る」で、
ソマリアでは年々雨が少なくなり、家畜の飲み水の確保が大変なことが書かれてあった。

ふと、砂漠化のことが少し気になった。

昔は緑に覆われていたサハラ砂漠。
なんであそこまで砂漠化したんやろう・・・?

そう疑問に思っていたとき、
たまたま深夜に、NHK教育番組の高校講座の地学だか生物だかわからないが、
地球の年表で恐竜時代の中世代の白亜紀、ジュラ紀など説明していた。
なんとなく面白そうと思い、そのまま見ていた。

すると、
サハラ砂漠の砂漠化の原因をサラッと言った!!


「恐竜が住んでいた中生代では、
地球上は緑に覆われていたんですねー

で、今から4500万年前、
インドプレートがユーラシアプレートにぶつかり
隆起したのがヒマラヤ山脈。

そのヒマラヤ山脈がどんどん高くなるにつれ、
風向きが変わり南からの温かい風が
ヒマラヤに当たって
熱風が西に流れ、パキスタンやアフガニスタン、
そしてアラビア半島、さらにはアフリカにも吹き込み、
徐々に砂漠化していったんですよねー

サハラ砂漠もこの風によって砂漠化したんですねー

まっ、これは皆さんもご存じのことでしょうが。」


(サラッと言ったので、詳しい内容は一言一句覚えていませんが、このような事を言った)

私は、その言葉に耳を疑った!!

まさか、ヒマラヤ山脈が原因で徐々に砂漠化したとは・・・

しかも、
砂漠化の原因は、みんなが知ってる常識的なことで、知らないのは私だけなのか!?


で、その後、いろんな人に聞いてるが、10人に聞いて1人だけなんとなく知っているというだけで、
ほとんどの人が知らなかった。



山は、その周辺の気候を大きくわけ隔てたりすることは知ってたけど、
ヒマラヤ山脈が原因で、あんなに離れたアフリカにも影響があり、
徐々に砂漠化していったなんて・・・
ほんとうに驚いた。

皆さんは、ご存知でした?




補足;
インドプレートがユーラシア大陸にぶつかり、
ぶつかった部分の大地が徐々に盛り上がり、
高くなっていきヒマラヤ山脈ができた。
そして、南からの暖かい風がヒマラヤに当たり「水が氷として吸収され」
「乾燥した」熱風が西に流れた。







先月、民博で行われた
「21世紀の地球人口について考える
―アフリカにおける性・結婚・家族―」
の国際フォーラムに出席してきた。
アフリカ・フォーラム

その時のブログはこちら「21世紀の地球人口について考える―アフリカにおける性・結婚・家族」


私は今までアフリカにそれほど興味がなく、知らない事だらけ。

私がナミビアを旅した時、出会った女性と、家(家族・家庭)の現状や、
女性たちが置かれている性的な立場について話す機会があった。
そして衝撃を受けた。

その後、もっと現状を知りたく思っていた。
でも、エイズや性に関してのことなど、正直言って誰にでも聞けることではい。

そんな時、このフォーラムを見つけた。
これは、絶好のチャンス!!

で、フォーラムに行って、さらに衝撃を受けた。

アフリカ中央部で広く行われている「女性器切除(FGM)」のことを知ることとなった。
少しは知っていたが、突っ込んだ内容は知らなかった。
研究者の発表は、とにかく全てが衝撃的でおぞましく、メモをとるのも忘れるほどだった。

しかし、日本の研究者(教授)は男性。
長くアフリカの地に住んでも、女性の中で行われることだし、
どのように切除されて、その後その部分がどうなっているのかまでは、見ることはできない。
だから、一般的に聞ける範囲でしか知ることができない。
(女性の研究者でも、見ることは困難かも・・・?)

前のブログで、フォーラムに行ったら、「女性器切除」の話だったとチラッと書いた。
それを読んだ図書館に勤める女性からメールがあった。

「私も以前、女性器切除のことを知り、もっと知りたいと思い、本を読んだことがあります。
同じ女性として衝撃を受けました」
その衝撃を受けたという本を紹介してくれた。

私はすぐ本を入手し、読んでみた。

『砂漠の女ディリー』

有名な本なので、知っている人は多いかもしれないですね。






続きを読む

今、日本vsカメルーンの試合がブルームフォンテンで行われる。

ここ、ブルームフォンテンには2度行っている。
陸路でレソトに行くには、この街でバスを乗り換えていかないといけない。

ブルームフォンテンへは、ヨハネスブルクからバスで5時間15分。
夕方の17:45分発のバスだったが遅れていて、18:15ヨハネスブルク出発。
ブルームフォンテンに到着したのは23:30

この町にはホテルが少なく、安宿がない。
あるにはあるけど(1泊100R)、そんな夜中に行っても満室だった・・・



バスでブルームフォンテンの町に入った時、
大きなスタジアムがあった。

「あ~! ここってワールドカップ会場ちゃうの!?」

しかし、深夜だったため、ゆっくり見れなかった。

レソトからまたブルームフォンテンに戻ってきたとき、
スタジアムを見学。

ブルームフォンテン 1

ブルームフォンテン 4

ブルームフォンテン 2


しかも、6/14に日本がここで試合をする。

4ヶ月後には、ここで試合するんや~
すごいな~
そんなことを思いながら、網にへばりつきピッチを眺めた。
ブルームフォンテン 3


私が行った2月は夏。
ブルームフォンテンは、昼間は暑く、日差しが強かった。
ほんと眩しかった。


ブルームフォンテンは標高1400mもあるんですってね。
そんなに標高が上がってるって気付かなかった。

プロフィール

かおり

Author:かおり
旅が大好きで、気がつけば50数カ国旅をしています。2006年念願だった旅行記を出版。
多くの人に旅の魅力やイスラムの国々の良さを知ってもらおうと、書著「やっぱり旅はやめられない イスラム編」を書きました。
2008年に第2弾となる「中国編」を出版。

最寄の書店での注文、もしくは上の“おすすめ商品!”の「やっぱり旅はやめられない」をクリックしてみてね!

プロフィール写真は、私本人ですが実物はまるで違います…あしからず。

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2010年06月30日 (水)
パラグアイ
2010年06月29日 (火)
プレトリア
2010年06月16日 (水)
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by AlphaWolfy
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