みなさん、昨日(3/30)はたくさんの方から、
祝福のメールをいただき、ほんとうにありがとうございます!!

みんな覚えていてくれてるんですか!?
もうびっくり!!!
ほんとうにありがとうございます!!


前日まで暗い気持ちになり、私にしては珍しく沈みがちだったんですが、
みなさんからの温かいメッセージで勇気をもらいました。

ひとりひとりが心のこもったメッセージをくれ、
何度も読み返し、涙があふれてしまいました。

誕生日の数分前にフェイントしてメッセージをくれたり、
もう誕生日が終わりかけの30分前には、「ギリギリセーフかな?」と次々にメッセージが届き、
みんなで示し合わせたのか!?と思ってしまいました。


誕生日を言ったことが無い人からも、
お祝メッセージをいただき、驚いてしまいました。

「何で知ってるん~!?」って聞いたら
「おくだかおりファンの一人としては、駆使して誕生日を調べたよ」
と冗談を交えながら話してくれたけど、
彼がどうして私の誕生日を知ったのか今も謎・・・
ちなみに、彼はおくだかおりファンクラブには入会してないねんけどなぁ~?
不思議や~??

そんな楽しく思いやりのあるみなさんと出会えたことに心から感謝しています。
みなさんと出会えて私はとっても幸せです。
ありがとうございます!!
これからもどうぞよろしくお願いいたします。


ちなみに、誕生日の朝、私はめっちゃおもろい夢を見て、
現実の世界でも大爆笑して、自分の笑い声で目覚めました。

これからも笑って前向きに生きていきますね!!!



そんな私ですが、
4/10~30まで中国貴州省の山奥へ旅してきます。
今回は、貴州省南部の山奥に巨大な洞窟があって、その洞窟内にミャオ族の村があるんです。
そこでの人々の暮らしを見てこようと思っています

それと、洞窟内にお墓がある珍し墓地もあるらしいので、そこにも行ってみます。

ただ、その洞窟村や墓の場所は、ガイド付きで車をチャーターすれば1日で行けるけど、
個人で行くとなると、バスを何度も乗り継ぎ、途中からバスも出てない。
途中からは自力で山道を登って行けないといけならしい。
4年前に現地ガイドとして行った熊さんの当時の話では、
4時間歩かないといけないと言ってたが、数年前に道が整備されて、今は1時間ぐらいで行けるらしい。

とは言っても、ここは今でも、貴陽からは2日は必要。
ま、2日ならどうってことない。
頑張って洞窟村に行ってきます。

今回は、他にもそのような山奥にいろいろ行ったり、前回時間がなくて行けなかった村々に行こうと思っています。
そして、帰国後の5/22(日)に、その報告会を大阪で行います。
みなさんぜひご参加くださいね。

日時:2011年5月22日(日)
   1時半受付開始
   2時~4時半(途中休憩あり)
場所:茨木市福祉文化会館 303号室
会費:800円


終了後の5時過ぎから交流会も行います。
みなさんとの交流を楽しみにしています。
みんなで盛り上がりましょう!!



そして、7月には東京でも開催予定です。
関東のみなさん、待っててねー!!!

ちーちゃんまた受付よろしくね!!








震災があって、メールを控えていた。
控えていたというより、メールする気にならない。

何て声をかければいいのかわからないから。

震災一週間後、少したってから関東に住む古い友人から連絡が入った。
私の知り合いに仙台に暮らしている古い友人がいる。
彼女は仙台の友人とは会ったことが無いが、同じ時期にオーストラリアを旅していた人として、
その人が無事なのか気にかけてくれメールをくれた。
(仙台の私の友人、知り合いは全員無事です)

それから彼女から関東の様子を聞かせてもらっていた。
彼女から教えてもらうことは驚くことばかり。
でも、彼女が前向きな考えだからか、ユーモアたっぷりに教えてくれるから、
想像するだけでちょっと笑えてしまう。

例えば。。。
彼女のお父さんがガソリンを入れに行ったら、手前で売り切れになり
翌日行くとまた売り切れ。
今度こそ!と気合を入れて早朝の6時前に行くと、
道の渋滞と営業妨害になるから、営業時間に並んでくれと言われ追い払われる。
それでもしつこくとどまったら警察呼びますよ!と怒られた」とか。

彼女の旦那のオフィスが入っているビルが耐震設計で、31階ぐらいに会社が入っている。
耐震設計って、ちょっとした揺れでもめちゃめちゃ揺れるらしい。
余震のたびに、
「もう駄目だ― ビルが倒壊する―」と何度もメールが入って、
その度に、「たかが震度2だよー」と返信しているとか。
そのやりとりを想像するだけで、笑えてくる。

停電のことやスーパーに物がないことでもユーモアたっぷりに教えてくれる。

関東に住む他の人も、本当は大変だんだろうが、それを大変とは思わず、
(思わないようにしているんでしょうね)
前向きに楽しく暮らしている様子を伝えてくれていた。

しかし、2週間前、出版社に本を送った時に、東京の現状を知り、
徐々に、関西と関東ではあまりにも状況が違いすぎて、
現状を知れば知るほど胸が締め付けられるように苦しくなってきた。

関西に住む人と喋っても、どことなくみんな暗い。
やはり話題は震災のこと・・・
それ以外の明るい話がしにくい。

先日、東京のある人から、電話があった。
東京では夜も暗くて、気分がめいると。
飲みに行っても、暗い話しが多くで、楽しい明るい話ができない雰囲気って。
人と連絡とるときにも、
「ご無事でしたか? ご家族、親族の方は大丈夫ですか?」っていう挨拶から始まるって。
このままの状態なら経済がダメになるって・・・

私だけかもしれないけど、そんな暗い雰囲気が、だんだん大阪にも広がってきてるような気がする・・・
人によっては、ピリピリしてる。

ちょっとした失言にも、そのうち「非国民」って思われたり、言われそうな・・・
なんか怖くなってきた・・・




『やっぱり旅はやめられない 中国編」の増刷に伴い
1カ月かけて文章修正作業をしていた。
文章ってほんと難しいですね・・・

何度も何度もチェックし、3/17の午前中やっと作業を終えた。
今回はPC(ワード)での文章ではなく、今ある本に直接訂正文を手書き作業でするため、
修正だらけの本を出版社に郵送しないといけない。

出版社に「今日出します」と電話した。
すると、
「この三連休に引っ越すんです。
だから今この住所に届いたらややこしくなるので、5日後の22日新住所に届くようにお願いします」

がっくり・・・
こんなに急いで文章修正したのに、今出しても5日後着やなんて~~

「じゃ、週末に出したらいいですね」

「いや、郵便や宅急便が、震災の影響で混雑してて、けっこう日数がかかるみたい。
早めに出した方がいいかも」


まず、郵便局に持って行った。
郵便で本を送るとなると、最低でも390円はかかる。
それに、22日必着でとお願いすると、ちょっとややこしそうだった。
次に、私は宅急便の配送センターに行って、いつのも安いメール便で出すことにした。
すると、
「メール便はいつ届くか分からない状態なんです。
通常の宅急便でも1週間はみといてほしいんです」
「え!?東北じゃなく東京ですよ?なんでそんなにかかるんですか?」
「東京は今、電力不足で電車も本数が少なくて、道路状況が混雑してるんです。
それに、ビルではエレベーターが停止してて、階段で配達してて、1件にかかる配達時間がすごくかかるんです。
一般家庭でも同じです。
計画停電で、マンションでもエレベーターやインターホンも使えず、宅配boxも電子制御なので使えないんです。
それで、配達者は何度も配達に行けないといけないみたいで、東京に届いてもそれぞれの会社や家に届けることにものすごく時間がかかるんです」

そういうことか~
めっちゃ納得。
東京なんて高層ビルや高層マンションが多いから、宅配の人も大変やろうなぁ~

「中身が本なら、郵便局で通常の封書扱いの方が、早く届きますよ。
それならポストに投函するだけですから」

宅急便の売上に貢献することはできなかったが、郵便局で普通に出すことにした。

「そういう事情なら22日必着じゃなくてもいいですよー」

22日、出版社から「無事届きました」と電話があった。
「じゃ、5/22(日)に講演があるので、それまでにお願いしたいんですが」
「ん~ 5/22か~ 微妙だなー」

ん? なんでや??
ま、今から私の修正個所を手直ししてもらって、新しくなった原稿を私に送ってもらい、私が最終チェック作業をして、また原稿を郵送し、印刷に取り掛かるという行程がある。
私は4/10-30まで中国に行く。
その期間、私のチェックができないから無理なんかなー?

「実はね、”紙”が無いんですよねー

「はっ!? 紙がない???」

意味わからん~

「震災の影響で、紙が入手できないんですよ」

「そういえば、関東って紙ってどこで作ってるの?」

「関東にけっこうあちこち工場があるんですが、震災の影響で工場がストップしてるんですよ。
だから、紙の確保が難しくて・・・」

そういうことか・・・
めっちゃ納得。

私の本など全然急ぐ物でもないし、てきとうにできる時にでいいです。


先日、ベトナム北部のトレッキングツアーで一緒だった香港人のリックからお悔やみメールがあった。
彼は電話会社のエンジニアの仕事をしている。
今回の大震災で、東北にある電話回線の部品工場が大打撃にあい生産がストップし、彼の会社の工場ラインにも影響が出だしていると教えてくれた。
これは、香港の彼の会社だけではないようで、世界中でそのようなことが起こっている。
ニュースでは知っていたが、実際に海外に住む私の知り合いが勤務する会社にも影響があることを知り、身近な問題に感じた。





そして、関東のスーパーでは、ラーメンやパンだけでなく、
トイレットペーパーも売ってないんですってね!!

ナミビアで知り合ったサトルが、スーパーの棚に何もない状況の写メを送ってきてくれた。
閉店前の棚か!?と思ってしまった。

「すぐ食べられる物は品切れ状態だけど、調理すれば食べられる物は売ってるから大丈夫だよ。
ただ、家のトイレットペーパーももう残りわずかで、店頭にもないから
ちょっとどうしようかと思うけど
ま、いざとなればインド式でシャワーで洗えばいいことだしね」

サトルはインド式と言っているが、イスラム式ともいう。
なければないで、シャワーで洗ったり、新聞紙を使えばい。
考え方一つでなんとでもなる。

中国編で登場する、ゆみこちゃんは、
「震災で物がなかったりするけど、こんな時、旅の経験が生きている。
そんなに焦ったり、買い占めたりしてないよ。
旅行中だって、無ければないなりに暮らすし、やっていけるとおおらかな気持ちになるよ」

ほんと、ほんと。
不便な生活と思うのではなく、ないなりにやりくりすると、おおらかな気持ちになる。
(もしかしたら、これは経験したことしかわからないのかなー?)

私の友達は、基本バックパッカーなので、停電になろうが、スーパーに物がなかろうが
騒ぐ人はいない。(と思う)
だって、発展途上国の国に行けば、そんなん当たり前だから。


旅に出る時の荷物。
リュックに詰める物だけで何カ月でも暮らせていける。

そのように前向きに考えて乗り切ってほしいな。







※ 今からここで紹介することは、決してあおっているわけではありません。
  ただ、とっても大切で貴重なことなので、
  あるブログをみなさんに紹介させてもらうことにしました。

  今から紹介するブログの管理人は、私の友人でもあるWanabunちゃん。
  本人にも承諾してもらっています。



Wakabunちゃんは、ひっきりなしに海外に行っている。
最低でも月に1度はどっか行ってる。(と思う)
たまに仕事で行くこともあるが、ほとんどプライベートで。
あちこち飛び回っているが、仕事も家事もこなし、手料理がめっちゃ本格的でおいしい!!
仕事から遅く帰宅しても、翌日の晩御飯の下ごしらえを済ませ、
毎朝、自家製の焼き立てパンを食べて出勤している。
私は朝、時間にゆとりがある人を尊敬する。
Wakabunちゃんを見ていると、こんなパーフェクトな人がいるのか!といつも感心させられる。

そんなWakabunちゃんが、東日本大震災の3日後ぐらいだったか、また旅だった。
今回は、行こうか行こまいかずいぶん悩んだが、
前から行き先を考え、予約していたこともあって行くことにしたとブログに書いてあった。
(私は行っていいとおもう)

今回の行き先は、、、、ロシアだったような・・・?

先日、旅先でアップしてるブログを見て仰天した!!
彼女はロシアではなく、旧ソ連のウクライナに行ってて、
「チェリノブイリツアー」に参加していたのだ!!

日本では放射能を恐れ、福島からできるだけ離れよるよう避難してるのに、
彼女は、わざわざチェリノブイリに行って、
自ら放射能を浴びに行ってるではないかーーー!!!

詳しくは、彼女のブログWakabun's Diary  
の 「チェリノブイリツアー」 ←を見てね。

彼女の「チェリノブイリツアー」を見せてもらい、とても貴重なものを見せてもらった気持ちになった。
貴重な体験を公開してくれた彼女に感謝したい。


今回、たまたま日本で起こった原発事故と重なっていただけで、
彼女は元々このツアーに参加するつもりで、事前に予約もしていた。
偶然だけど、すごいタイムリー。

彼女の職業も関係しているのか、このような場所に自ら行って、
自分の目で見てくる彼女の姿勢にエールをおくりたい。

彼女のブログの写真を見ると、
爆発があったチェリノブイリの原子炉に、ここまで近くまで行けるのか!という驚きと、
まだ放射能が残っていて、人間を盾にすると、放射能の数値が下がるという現実を突き付けられた。

あのガイガーカウンターの数値の単位は、日本と同じなんかなー?

苔が一番数値が上がるなんて・・・
氷柱も放射能物質が含まれているんですね・・・
25年経った今も放射能って残るんですね・・・

今の段階では、福島原発の事故とチェリノブイリの事故とでは、内容が違うようなので、
過剰反応せず対応していきたいですね。


福島原発事故が悪化し緊迫していたとき、
私は福島周辺や関東の友人のことがとても心配になり、オロオロしてしまった。
すると、Cさんに「正確な情報ではないかもしれないけど、これでも見て和んでね」
と、教えられた動画がある。
楽観的ともとれる内容だけど、ユニークで笑える。
情報が正しい、間違っている、とか、それは置いといて気軽に見てね。



これをきっかけに、原子炉についてみんなが考えないといけないんでしょうね。
この動画でも後半に少し触れているが、
使用済み核(動画ではウンコが入ったおむつ)の処理をどうするかが問題のようです。

大震災が起こる前の2月、
BS世界のドキュメンタリーでデンマークが制作した
「地下深く 永遠(とわ)に ~核廃棄物 10万年の危険~」
を見た。
番組に出てくるフィンランドだけの話しではなく、
原子炉を持っているどの国でも将来同じ問題が出てきて、
今後、核廃棄をどう処理するか考えていおかないといけない。
しかし、
「核廃棄物の最終処分が難しい理由は、実はその先である」
ことを知った。
どんな学者でも、その答えは出せないでいるといこと・・・
とても考えさせられる番組だった。

核や原子炉に関する番組をもっとしてほしいなーっと、4月までの番組予定をチェック。
すると、たまたま4月から、
チェリノブイリ原発事故や原子力潜水艦のその後など、
核に関するドキュメンタリー番組が4回連続であった。
これは見なくては!!

そして3/11の東日本大震災。
福島原発の火災で放射能漏れ被害・・・

しっかり録画をしておこうと番組を再度チェックした。
すると、番組内容が変更されていて、
核の4回シリーズが全部消えていた・・・・

今、この時期に放射能の恐ろしさを訴えるリアルなドキュメンタリー番組はあえて控えたのだろう。
時期が落ち着いたら、ぜひやってほしい。




彼女と会ったのは、何年前だろう・・・
あれは長倉洋海さんの「アフガニスタン山の学校」の報告会の準備が終わり、
スタッフで一息ついていたときだった。

そんな時、東京から長倉さんが来た。
1年ぶりに会う長倉さんに、みんなが一斉に注目した。
その後ろにピタリと付いてきたかわいい女性。

長倉さんが「ちょっと食事に行ってくる」というと、
そのかわいい女性に、
「じゃ、ちょっと食事にでも行こうか」と声をかけ、会場から2人で出て行った。

長倉さんが出て行ったとたん、みんな一斉に口を開いた。
「今の子だれ?」
「さぁ~?東京から来たのかなー?」
「もしかして、長倉さんの娘さん?」
「長倉さんって子供いったっけ??」
「いてないよなー?」
「長倉さんの弟子かな?」
「あんなかわいい子が?」
「じゃ、マネージャー?」
「それはないやろう~」
みんな好き勝手な推測をし、楽しんでいた。

食事をすませ長倉さんとナゾの女の子が会場に戻ってきた。
すると謎の女の子が、私に話しかけてきた。

「あのー。去年の11月に京都であった長倉さんの講演の時、
本を売ってた人ですよね?」
「はい、そうですよ。」
「私、あの時、あなたから『この本は長倉さんの全てが書かれてあってすっごいいよ』
って勧められて買ったんです。
私、あれから長倉さんの大ファンになって、おっかけをしてて、
東京まで行ったりもしてるんです」
「えっーーーーー!そうなん!?あのときの女の子やったん~~?」

その前の年、私は京都で行われた長倉さんの講演で本を売るのを手伝った。
その時、講演が始まる前に本の前で立ち止まり「ふぅ~ん」ってな感じ見てた女の子がいた。
その時、私が「今やったら長倉さんにサインもらえるよ、どう?」と声をかけた。
「この人って有名なんですか?」
「知らんの!?むっちゃ有名やで~」
私は、長倉さんがどんな人か、マスードの話しなど、知ってる限りのことを
延々と話した。
私のトークが情熱すぎたのか、彼女は本を買わず、
その場を去って行った。

講演後、さっきの女の子が「やっぱり買います!!」って来てくれた。
私のセールストーク(?)で、いや、長倉さん講演の話しが良かったからだが、
彼女は長倉さんのことを知り、
その後は大ファンになり、東京で講演や写真展があれば行ったりしていると教えてくれた。

そして、彼女は自分が通う大学で、たった一人で長倉さんの講演を企画し、
2007年12月長倉さんの写真展と19日には同大学で講演をすることになった。
私も彼女が企画した長倉さんの講演を聞きに行きたがったが、
貴州省へ旅立つことが決まっていたため行けなかった。
だから出発前に写真展だけでも見にいかせてもらった。
彼女は友人に手伝ってもらいながらも1人で頑張っていた。

その後、大学を休学してスイスに一学期間語学留学に行ってしまった。
「帰国したらまた会おうね」と言っていたけど、
彼女は次に、大学の交換留学で一年間フランスに滞在。

ブログを見ると、なんだか現地で充実した生活を送っているようだし、
フランスではけっこう長く暮らしてて、学生生活をめっちゃエンジョイしている様子。
なんだかメールをするのをためらってしまった。
もう日本には戻らず、フランスで就職するのかなー?と思っていた。

久しぶりにブログを見ると、チュニジアにいて学校に通っているようなことが書いてある。
ありゃりゃ? どうなってるんや~??

どうやら2010年9月に大学を卒業し、
その年の11月からチュニジアに2ヶ月アラビア語語学留学に行ていたようだ。

次にブログを見ると、今度は旅人になったようで、中東を旅していた。

次にブログを見たのは今年の1月下旬。
彼女はデモが激しくなっていたエジプトにいて、暴動に巻き込まれていた!
「おいおい、大丈夫なんかー?」
彼女のブログに語りかけてしまった。

次にブログを見たときには「無事脱出しました。今度こそ帰国します」と、書かれてあった。
やっと帰ってくるんやねーと思っていた。

そして、先週こんな可愛い少女のポストカードが届いた。

shoko 写真展

それは、彼女からだった。
『かおりさん、ご無沙汰しています。
以前長倉さんの関係でお会いしたshokoです。
私も小さな写真展をすることになりました。
ぜひお立ち寄りください』

その文を読みながら、ハガキに向かって、
「shokoちゃーん!元気~?覚えてるに決まってるよー」と語りかけてしまった。

そのハガキが届いたのは、写真展の前日の夜だった。

3/19さっそく彼女の写真展に行ってきた。
写真一枚一枚に、写真の意味が書かれてあり、
写っている人物の背景や人生が読み取れて、すごくいい写真展だった。

写真家によっては、写真の説明なしで、個人個人思いのまま受け取ってという作家さんもいるが、
私は、なぜその人や風景、物をなぜ撮ろうと思ったのか意味を知りたい。
できれば、写っている人物像も知りたいと思ってしまう。

どの写真もたった3行ほどのコメントだけだが、人物像が読み取れてすごくいいと思った。

京都の方、京都へ行かれる方は、ぜひ彼女の写真展に立ち寄ってくださいね。

2011年3月17日(木)~29日(火)
”Cafe きさら堂”
京都市左京区高野玉岡町49 グリーン28 1階南
電話 075-724-8802

※営業時間 11:30~22:00
水曜定休
「会場は飲食店ですので1オーダーお願いします」


そんなshokoちゃんは、この春から○H○の記者となるという。
災害時などに現場でリポートしてる、あの人たちって!
最初はローカル局。
数年後から全国放送でリポートする予定だという。

ひょえーーーー!!
彼女はフランスで遊んでたんじゃーなかったのねー
英語、フランス語だけでなく、アラビア語も習得していたなんて!!

19時のニュースで武田アナに「現場の○○さん」と呼ばれ
shokoちゃんが画面に映る日がくることを今から楽しみにしよう♪

語学を生かし、そのうち海外特派員になるのかなー?

2006年の秋、
彼女は、たまたま友人に誘われて来ていた長倉さんの講演で私と出会った。
ひょんなことで私が声をかけたかわいらしい少女が、
めっちゃ大きく成長し、立派に巣立った気分になってしまった。
なんだか自分のことのように嬉しくなった。









プロフィール

かおり

Author:かおり
旅が大好きで、気がつけば50数カ国旅をしています。2006年念願だった旅行記を出版。
多くの人に旅の魅力やイスラムの国々の良さを知ってもらおうと、書著「やっぱり旅はやめられない イスラム編」を書きました。
2008年に第2弾となる「中国編」を出版。

最寄の書店での注文、もしくは上の“おすすめ商品!”の「やっぱり旅はやめられない」をクリックしてみてね!

プロフィール写真は、私本人ですが実物はまるで違います…あしからず。

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