衝撃的な話を旅行代理店の人から聞き、
私はあまりにもショックすぎて何も考えられなくなり、部屋に戻るとそのまま眠ってしまった。

電話のコール音に起こされた。
時計を見ると夜の9時。

別の便で半日遅れで到着したOさんからだった。
Oさんと合流し、ご両親の部屋に行き、4人で夕食に出ることになった。

両親の表情は常に硬い。
無理もない・・・

明日の予定を話しあい、部屋でもOさんと話しあう。
Oさんもさすがに疲れたのだろう。
明日の予定の確認している最中に返事が無くなったと思ったら、彼は一瞬にして眠った。

私も旅の疲れやいろんな疲れで早く寝た。


ミャンマー2日目。
その日は朝9時過ぎに、あるところに行った。
そこでちーちゃんの事件の詳細を聞くことになっていた。

私とお母さんは最初から最後までずっと号泣。
お父さんはずっと下を向き、ひたすら耐えているように見えた。


いろいろと説明を受け、お昼にそこを出て、4人で昼食を食べに行った。


さっそくミャンマー料理。
6.21 (8)ヤンゴン昼食

ちーちゃんの事件の詳細を聞いても、4人それぞれ思うことがいっぱいあるのだろう。
みんな口数が少ない。

Oさんが気を使っていっぱい喋ってくれていたが、
私もご両親も何も考えれれず放心状態だった。


お父さんは外国の得体のしれない食べ物は怖いようで、なんでも先にお母さんに食べさせる。
お母さんが「大丈夫」と言えば、恐る恐る食べていた。
お母さんが大丈夫と言った物でも、お父さんにしてみたらダメだったようで、「これは無理だー」とか言っていた。
お母さんが「これはお父さんは無理だねー」と言ってるのに、お父さんは好奇心はあるようで、みんなの心配をよそに口に運ぶ。
「うわー やっぱりダメだ―」
だからいったこっちゃないー

お父さんの好き嫌いのおかげで、なんとか場がなごんだ。




私たちがヤンゴンのホテル到着する頃、現地旅行代理店の人が
国内線のAirチケットを持ってきてくれ、支払いをする約束になっていた。

しかし、私たちは台風が直撃しヤンゴンに到着したのは、当初の予定より6時間以上も後だった。

待合せのホテルに到着しても旅行会社らしき人はいない。
フロントで電話を借り、旅行代理店に連絡を入れると数分後に来てくれた。

ご両親と一緒にフロントのソファに座り、旅行代理店からAirチケットを受け取り、
ヤンゴンのホテルの2泊分の料金を払った。
ホテルの予約の控え、Airチケットのコピーにサインを求められ、
私が代表してサインした。

ひと通りの作業が終わり一息ついた時、旅行代理店の男性が驚くことを言った。

「私は、皆様をお待ちしていまた。
実は・・・ 私は○○○○さん(ちーちゃんの本名)を空港に迎えに行きました。」

私は息ができないほど驚いた。

「えっ!? ちーちゃんと会ったことがあるんですか?」
「はい。 空港に迎えに行き、ホテルまで送迎しました。」

ちーちゃん、そんな手配もしてたんやね・・・

「なんで私たちがちーちゃんと知り合いだとわかったんですか?」

私は予約する時、一言もちーちゃんの名前を出していない。
今回の旅の目的も何も一切話していなかった。

「飛行機を予約するとき、皆さんの名前を教えてもらいました。
ご両親の名字と彼女の名字が同じでした。
○○(ちーちゃんの名字)は日本でも珍しいです。
名前で夫婦だとわかりました。
いつかきっとご両親がミャンマーに来るだろうと、私は待っていました」

そう言うと、彼は国内線チケットのコピーを見せてくれた。
そこには、「○○○○」と、ちーちゃん直筆のサインが書かれてあった!
特徴あるちーちゃんの字。
まさしく、ちーちゃんのサインだ!
こんな形でちーちゃんと再会するなんて・・・

ご両親と3人で号泣・・・

そして、彼はさらに驚くことを言った。

「彼女は到着した日、ヤンゴンで一泊しています。
実は、彼女が泊ったホテルは、
今皆さんが泊っているこのホテルなんです」


えっ・・・・
まさか・・・
ヤンゴンでちーちゃんはどこに泊っていたのか、全然わからなかった。
まさか、こんな形で知ることになるなんて・・・
しかも、偶然にも私たちが泊ってる同じホテルだったなんて・・・

「ちーちゃんはこんな高級ホテルに泊ってたんですか?」
「ヤンゴンは急にホテルが値上がりしてしまいました。
彼女が泊った半年前は、ここは30$ほどでした。
今は当時の3倍になりました。
その時の彼女のサインもあります」

そういうと、ホテル宿泊の控えにちーちゃんのサインがここにもあった。

ほんとうにちーちゃんはここに泊ってたんだ・・・

「私、最初は違うホテルを予約しましたよね?」
「はい、2泊することになり、
最初のホテルは2日目が満室で連泊でいないから、
お客様がこのホテルを指定しました。
きっと彼女がそのようにしたのでしょう」

今回の旅は何か間違いがあってはいけないので、私はメール以外にも念のため、出発前2度電話していた。

「メールや電話もしてたのに、なんで何も言ってくれなかったんですか?」
「途中から、彼女と親しい人かなー?と、なんとなくわかりましたが、
こういうことはご両親に直接言った方がいいと思ったから。」

そう言うと彼は、当時空港にちーちゃんを迎えに行った時に使用した「○○○○様」と書かれたA4の紙を見せた。

「これを持ってちーさんを空港でお出迎えしました。」

「これを全て保管してくれていたんですか!?」

「はい。いつかご両親がミャンマーに来ると信じていました。
両親が来たら、これを渡そうと保管していました。」

「でも、今回私がたまたまあなたの旅行代理店を選んだからこうして会うことができたけど、もしも私が違う旅行代理店に頼んでいたら会えなかったんですよね?」
「そうかもしれないですが、私はきっといつか両親がミャンマーに来ると思っていました。
その時がきたらきっと会えると信じていました」

ミャンマーの人々の考え、私たち日本人の想像をはるかに超えた、
超越した哲学的な考えを持っているのかもしれない・・・

「ちーちゃんの事件はいつ知ったんですか?」
「事件があった時、新聞に載ってて知りました。
私のお客さんだったから、驚きました。
この度は、ミャンマー人が酷いことをしてすいませんでした・・・」

彼はミャンマー人代表で両親に直接謝ってくれた・・・・
両親は、ただ、ただ、号泣していた。

彼は、ちーちゃんの事件の事が書かてれある新聞も保管してくれていた。
「ミャンマー語で読めないでしょうし、読むのも辛いでしょうが、
彼女のことが書かれた記事なので、ご両親にお渡しします。」

そして、ちーちゃんのプラカード、ちーちゃんが残したサイン。
彼が両親が来るまで保管していた物全て両親に渡してくれた。

ミャンマーに到着して早々、こんな衝撃的な出会いがあるなんて・・・

全てちーちゃんが導いてくれてるんかな・・・?


台風で出発が遅れ、私はほとんど眠れてない。
しかも、ホテルに着いた途端、空白だったヤンゴンでのちーちゃんの足取りがわかり衝撃を受け、
1日目にして、私は疲れ果てた・・・


これから先、このような事実を否応にも知ることになる旅になるんだろうな・・・
そう考えるとミャンマーでの日々がすごく辛い・・・



ヤンゴンに到着し、タクシーでホテルに向かう。
今回ヤンゴンのホテルは、現地旅行代理店を通じ、予約してある。

私の今までの旅なら、ホテルの予約なんてせず現地に行って自分の目で確認し、気に入れば値段交渉しチェックインする。
本当なら安宿で泊りたいが、今回はご両親を連れての旅。

しかも今ヤンゴンは今急成長していて、世界各国からビジネスマンが泊り、どのホテルも満室で予約も厳しいらしい。

今回、前もって日本からミャンマーの旅行代理店にお願いし、ホテルの予約をして行くことになった。

ちーちゃんがミャンマー旅中、一緒になった日本人男性Oさんもミャンマーに同行してくれることになり、
5/16に2人で打ち合わせをした。

ちーちゃんは、ミャンマー往復のairチケットをどこの旅行会社で取ったのか、わかっていない。
しかも、ミャンマーでの行程も誰も知らなかった。

Oさんが名乗りでてくれたおかげで、
誰もがわからなかったちーちゃんのミャンマーでの足取りが少しわかってきた。
ちーちゃんは、ヤンゴン→マンダレー→バガンのルートで旅していた。
マンダレー、バガンの宿もわかった。
しかし、ヤンゴンのホテルだけはわからなかった・・・

「僕とちーちゃんの飛行機のチケットが、なぜか入れ替わってたんです。
彼女も僕も同じ旅行会社で飛行機をとっていたようです」
ちーちゃんは飛行機でミャンマーをまわっていたことを知った。
「え!? どこの旅行会社?」
「○○です」
私はその旅行代理店の名前をすぐひかえた。

私たちも今回、飛行機でまわることになる。
「じゃ、同じ旅行代理店で飛行機をお願いしようかなー?」
「同じ旅行会社だと、ご両親はお辛いのでは?」

たしかにそうかもしれない…


Oさんに言われ、違う旅行代理店にお願いしようかと考えたが、
なんとなく虫の知らせというか、引っかかるものがあって、
ちーちゃんと同じ旅行代理店で、現地の飛行機、ヤンゴンのホテルの手配をお願いした。

当初の予定では、ヤンゴンは1泊だけだった。
しかし、ご両親の体力を考え、ヤンゴン到着した日と翌日の2泊をヤンゴンで泊ることにした。

最初、ヤンゴン1泊だけの時、私は違うホテルの予約をお願いした。
しかしヤンゴン2泊することになり、そのホテルは翌日が満室だった。
2日目はホテルを移動するか、もしくは2泊とも違うホテルに泊るかになった。

5$ほど高めだったか、ホテルを移動するのもめんどくさいので、2泊とも当初の予定とは違うホテルに泊ることになった。





5時間遅れの出発になり、バンコクからヤンゴン行きの便がもう乗れなくなった。
でも、大丈夫。
バンコクからヤンゴン行きの便も同じタイ航空だったので、ちゃんと手配をしてもらえる。

バンコクに到着してすぐ
ヤンゴン行きのプラカードを持ったスタッフがいた。

1時間後に出発するヤンゴン行きの飛行機に乗れるらしい。
ひたすら通路を移動

バンコクの空港

6.20 ヤンゴン行き

6.20 (ヤンゴン行きの飛行機)

スポンジケーキがしっとりしてて、めっちゃおいしかった!!
「もう1つ頂戴~」と言いたいほどおいしかった
6.20 (ヤンゴン行き機内食)

今まで明るくふるまっていたご両親だったが、
ヤンゴン着陸前になると2人ともうつむき、飛行機が着陸したときには泣いていた…

私もこんな形でミャンマーに来たくなかった…

最初メディアでちーちゃんの写真が出た。
今まで見たことがない写真。
すごく不安そうな顔をしていた。
普段のちーちゃんの顔ではないみたい。

友達たちと「あの写真はいったい何の時の写真なんだろう?」と言っていた。
ミャンマーに行ったことがある中国人の友達が
「あれはヤンゴンの空港のイミグレです」

ヤンゴンの空港に降り立った時、彼の言葉を思い出した。

クリーム色の大理石。
床の輝き。

あの写真はここだったんだ…

6.20 (ヤンゴン空港)

ちーちゃんは半年前、どんな気持ちでここに降り立ったんだろう…

あの写真を見る限り、きっとすごく不安だったんだろうな…
ミャンマーでの話、、、、
何を書けばいいのか分からない・・・
書ける範囲で、書いていきます。



6/19。
この日は午後から雨が降ってきた。
台風が接近しているらしい。

私たちの出発時間は、深夜24:20
ちょうどそのころ台風が関東に接近するようだ。
大丈夫だろうか…

両親との待合せは、9時に羽田空港だが、
台風で新幹線が停まる前に両親には東京に出てきてもらうようお願いした。

両親は夕方には空港に着いていた。

私は9時前に着くように家を出る。
家を出るころには、暴風雨圏内に入っていたようで、家を出た瞬間全身ずぶぬれになってしまった…
とんでもない暴風雨。。。
ちーちゃん関係で動く時は、毎回台風並みの暴風雨にあい、ずぶ濡れになる。
今回もまたか…
ちーちゃんは何を訴えているのだろう…

空港でご両親、そして今回一緒に行ってくれるミャンマーでちーちゃんと最後に会った日本人男性のOさんと会う。
4人で会うのは3/23以来。

ご両親とはどういう顔で会えばいいのか戸惑ったが、普段どうりにこやかに会うことを心がけた。
Oさんもきっと同じ思いだったのか、終始ご両親に話しかけ、にこやかに話しかけてくれていた。
若いのにすごいと思う。
ほぼ初対面に近い4人だが、おかげで和やかな雰囲気だった。

私とご両親はタイ航空。
Oさんは格安航空のエアアジア。
(ちなみにミャンマー往復4万円!!)

私たちはゲートが離れていて、端っこと端っこ。
Oさんは私たちより30分早い出発。

Oさんのゲートまでお見送りし「じゃ、明日の夜、ヤンゴンのホテルでお会いしましょう」と別れる。

私たちはタイ航空の出発ゲートで、搭乗手続きを待っていた。

出発時間になっても、搭乗手続きが行われない。

テレビでは、台風接近のニュースをしている。
「なんか、外は大荒れのようですねー」
空港内はとても静かで、外の嵐は感じられない。
ご両親は、嵐になる前に東京に到着し空港にいるから、さらにピンとこない様子。

少しすると「台風の影響で飛行機が遅れます」というアナウンスが流れた。
離れたゲートにいるOさんに「私たちの飛行機、遅れるみたい」とメールする。
「それは大変ですねー 僕もまだ搭乗していませんが、まだ何も案内がないですねー」

また少しすると
「台風で羽田に着陸できないため、TG○便は関西国際空港に行きました。」とアナウンスが流れた。
えー!?
関空に行ってもうたって~!?

今から関空に行ってしまったら戻ってきたとしても、私ら乗るのに2,3時間かかるやん~
わっちゃー もう長期戦やなー
そのアナウンスを聞いて、両親は寝た。

近くに座っていた人が、どこからかジュースとお菓子を持って戻ってきた。
聞くと「あっちの方でもらえるわよ」と教えてくれ、私ももらいに行く。

羽田 臨時軽食

Oさんに私たちの状況を知らせる。
Oさんのところも、いっこうに搭乗手続きが始まらないが、何も案内がないらしい。

今回のミャンマー行きは、私1人ではなく、ちーちゃんの友達の思いも込めて行くことを心がけていた。
だから、みんなも私のミャンマー行きを気にかけていてくれていた。

出発前には、たくさんの人から「私たちの分までお願いします」とメールやメッセージをもらっていた。

そんな皆の思いを背負って、代表で行ってるのに、
出発が遅れ、いつ飛びたてるかわからない状態・・・
携帯で連絡がつく人には、「台風で飛行機が関空に行ってしまったー いつ出発できるかは未定」とメールを送った。
平日の夜中だったこともあり、返事があったのは一部の人だったが、KAZ君が「Cさんが心配してるよ」と教えてくれた。
KAZ君には、随時状況をメールで知らせ、KAZ君がちーちゃんの仲間のネットのグループに今の状況を伝えてくれた。

長期戦になり、いつ飛びだてるかわからない。
仮眠をとった方がいいのだが、私が眠ってしまって、その間に何か状況が変化していてはいけない。
今回は、ご両親がちゃんとミャンマーに連れて行くことが私の役目。
だから寝ていてはダメだ!

(2011年4月、貴州省に行く時、北京でトランジットがあった。
私は搭乗手続き15分前にゲートの椅子で深い眠りに陥り、飛行機が飛びだって北京の空港に取り残された経験がある。
今回もそんな事態になってはとんでもない!
だから眠りたくても眠るわけにはいかなかった。)

深夜2時半「TG○便の皆様、軽食の準備ができました」とアナウンスが流れた。
すると、横になって眠っていたお母さんがムクッと起きだした。
「お母さんどうしたんですか!?」
「軽食が出るってきいたもんで」
すかさず、私がお母さんの分の軽食をとりに行く。

軽食は中華ちまきとおにぎり。

Oさんに「こっちは軽食が出たけど、そっちはどう?」
「こっちは全くなにもないですねー」
「じゃ、こっちに食べにおいでー」
さっき「じゃヤンゴンでお会いしましょう」と別れたのに、また空港内で再会。
Oさんとお母さんと3人で談笑しながら中華ちまきを食べていた。

Oさんが自分のゲートに戻り少しすると、
「僕の飛行機は、今まで上空を旋回していたようですが、燃料切れで関空に行ってしまったようです」
えー!?
今から関空に行ってしまったって~!?
いったいいつになったら飛びたてるねん~


私も少しお腹がいっぱいになったし、もう夜中の3時半。
睡魔が襲ってきた…
まだまだ飛び立つには時間がかかりそうだから、横になって少し仮眠をとる。

少しすると「今関空を飛び立ち、こちらに向かってきています。」とアナウンスが流れた。
羽田に到着しても、乗客を降ろし、機内清掃にはいるから、搭乗手続きまでまだまだ時間がある。
また仮眠をとっていた。

その時Oさんから「僕の飛行機が到着したようで、今から登場します。明日ヤンゴンで」とメールが入った。
あら、彼の方が早かったのね~

彼が飛び立った1時間後、搭乗手続きの案内が流れた。
もう外は明るくなっていた・・・

私たちが登場したのは5時半。
5時間遅れの出発になってしまった・・・


ちーちゃん関係で動く時は、必ず暴風雨になり、私たちを困らせる。
その度に、心の中でちーちゃんに語りかける。
ちーちゃんは、何を訴えてるんやろう。。。







プロフィール

かおり

Author:かおり
大阪出身
旅が大好きで、気がつけば40数カ国旅をしています。そして念願だった旅行記を2006年出版。
多くの人に一人旅の魅力やイスラムの国々の良さを知ってもらおうと、書著「やっぱり旅はやめられない イスラム編」を書きました。
2008年に第2弾となる「中国編」を出版。

最寄の書店での注文、もしくは上の“おすすめ商品!”の「やっぱり旅はやめられない」をクリックしてみてね!

プロフィール写真は、私本人ですが実物はまるで違います…あしからず。

あなたは何人目かな?
現在訪問者数
現在の閲覧者数:
無料カウンター
カレンダー(Ajax)
06 | 2012/07 | 08
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
日記タイトル一覧
  • 2012年07月
2012年07月20日 (金)
ミャンマー2日目(午前)
2012年07月17日 (火)
ちーちゃんの足取り
2012年07月15日 (日)
ヤンゴン到着
2012年07月12日 (木)
5時間遅れの出発
次 >>
by AlphaWolfy
コメント
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
FC2ブックマークに追加する
FC2ブックマークに追加
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる