1/27(日)
ちーちゃんのご両親と会ってきた。

今回、ちーちゃんのお父さんは1/26東京で行われた「犯罪被害者の会」に出席するために上京した。
お母さんは土曜日用事があったらしく、日曜日に朝から新幹線に乗り出てきてくれた。

ご両親と会うのは、去年9月の一周忌いらい。
しかし一周忌はほとんど話はできなかった。
こうしてゆっくり話すのはミャンマー以来。
ゆっくりといってもたった2時間程度だが…
ミャンマーでは10日間も一緒に行動を共にしたが、みんなが気を使いあって会話といってもたわいもない内容だった。
それにミャンマーでは、毎日ちーちゃんが現地で会った人が次々に現れ、頭の整理がつかず、みんな放心状態で何も考えられなかった。

「娘が殺された国になんて行きたくない」
頑として言い張っていたお父さんだったが、私の言葉をきっかけに急に「行く!」と言いだし、急きょ行くことが決まった。
しかし、まだ心の整理がついていなかったのだろう、お父さんは現地でもずっとうつむき泣いていた。

今回、被害者の会に参加した翌日に会うことになったが、お父さんの心境はどうなったのか私も少し心配と不安が混じりながら会った。

静かで落ち着いた感じの店内で、周囲を気にせずいろんな話しをさせてもらった。

被害者の会に初めて参加したお父さんは、今までと考えが変わったようだった。

犯罪被害者の会は、国内外ともに家族が被害にあわれた方が参加されていたらしい。
お父さんは、こんなにたくさんの人が身勝手で理不尽に身内を殺されている事実に衝撃を受けたようだった。


被害者の会では、何人かのスピーチがあったらしい。
知っている事件もあれば、知らない事件もある。
メディアに出ていた人も参加していたらしい。
そのような方は、どのようにして家族を亡くされたのか、聞かなくてもわかる。
しかし、家族が報道規制をかけ氏名や写真、事件の詳細をメディアに出さなうようにした事件は知らない人もたくさんいる。
事件があったことすら全く知らない人もいる。
実際、私の知り合いにもちーちゃんの事件の事など全くしらない人が大多数。
「ミャンマーで殺された」と言っても、フリージャーナリストの長井さんと勘違いする人が多い。


私や家族は「ちーちゃんを守るため」と思って、報道規制をかけたり、取材拒否をした。
報道規制をかけ事件を伏せたことによって、ちーちゃんの事件を知らないという人がたくさんいる。
しかし、そのことが、ちーちゃんの死を無駄にしてしまったのではないか・・・
とも思ったりする。

それがよかったのか悪かったのか、いつも自問自答してしまう…


お父さんは「被害者の会ではメディアに出たり、取材を受けたりした人もいた。
当時は、ちーのきょうだいを守りたい気持でいっぱいだったけど、今にして思えば、私もあの時、取材を受け言いたいことを言えばよかった・・・」と言っていた。


今、アルジェリアで被害にあわれた方のご遺族の中には取材拒否をせず「死を無駄にしたくない」と、しっかりコメントをしている人もいる。
そのご家族の話になり、ご両親と「すごく立派だね…」と私たちはつぶやいていた。
自分たちができなかったことを、そのご家族は悲しく辛い思いをしてるのに、気丈にされてれいる姿に私はいつも心打たれる。


亡くなられた方が帰国して遺体と対面した時、家族は棺のガラス部分に顔を寄せ棺を抱き、泣きじゃくっていたと新聞に書かれていた。

私もそうだった…

あのガラスによって、棺に入ったちーちゃんと私たち生きている者を遮断しているように感じた。
近くなのに、すごく遠くに感じた。

棺の蓋をとって、ちーちゃんの体に触れたかった。
現地の土や草が顔や髪にまだ付着していた。
せめて払い落してあげたかった…
抱きしめてあげたかった・・・


今日、ちーちゃんのご両親と会うため都内に出かけてた。

すると、後ろから男性に声をかけられた。

なんや??
道を聞くんか?
私は全然わからんで~

すると男性は名刺を差し出した。

へ??


なんと、芸能プロダクションのスカウトマンだった。


私、けっこう年齢いってるんですけど・・・




帰宅して、名刺と渡されたパンフレットをネットで調べると、ほんとうにちゃんとしたプロダクションだった。

へェ~


東京っておもろいとこですなぁ~


アルジェリアの事件があってから、書こうか書かないでおこうか悩んだが、ちーちゃんの友人たちも、私と同じように1年半前の悲しい出来事と重ねてしまっているかもれない…と思ったので書くことにした。




アルジェリアでの襲撃事件の一報をNHKニュースで知ったとき、あの時の悪夢がよみがえった…

全員が無事で帰国できますように…
ニュースを見るたび、そう願っていた。

しかし10名もの方が命を落とされた…

今朝、遺体となった9名と生存者7名が帰国した。

亡くなった1人は、あと1週間で任務が終了し、もともと今日帰国する予定だったとか…
帰国予定日に遺体となって戻ってくるなんて…

ちーちゃんの時の事と重なり、胸が締め付けられる…

ちーちゃんも、帰国予定と同じ日、同じ時間に帰国した。
遺体となって・・・

私とちーちゃんを知る東京の友達たちと、ちーちゃんが帰国する日に、みんなで会う約束をしていた。
遺体となったちーちゃんと面会できたのは、もともと会うはずの時刻だった…

あんなに変わり果てたちーちゃんと会うなんて、誰が想像してただろう・・・

外国で死亡した場合、防腐剤を体内に注入するため、国内で病気などで死亡した状況とまるで違う。

駆けつけた友人たちは「ちーちゃんじゃない…」と言っていた。
現実を受け入れたくないという思いもあるのだろうが、ほんとうに別人のように変わり果てていた。





今回亡くなられたご遺族は「情報はテレビなどのメディアからしか入ってこない」と言ってた。
それは事実。
外務省からも連絡はあるが、外務省はいろんな事実を慎重に確認してからになるから、情報が遅くなる。
しかも、連絡は家族だけ。(もちろんだが)
だから亡くなった人の親しい友人、職場の人は、メディアからの情報のみになる。

友人たちは、事件の詳細や事実なのかを知るために、テレビやネットで必死に情報収集する。

私は、ニュースを知ってすぐちーちゃんの実家に電話をした。
私はご両親と会ったことがなかったが、ちーちゃんは私のことをお母さんに話してたようで「かおり」と言う名前に聞き覚えがあったようだ。
そのおかげで、外務省から連絡が入れば、家族はすぐ私に連絡をくれた。
そして私は、連絡ができる範囲のちーちゃんの友達にそれを伝えた。

当時私は、別件で東京に用事があり、家を出る間際に事件を知って夜行バスに飛び乗った。
早朝、東京に着いたものの、バスを降りてから放心状態で動けなくなり、駆けつけてくれた友人がカフェに連れて行ってくれた。

その日は、いろんな人からの連絡の対応に追われていた。
テレビやネットでのニュースを見れる人から、次々に最新情報が届く。
新情報を知るたびに私は体が震え、ただただ泣いていた。

いろんなメディアからの取材申し込みがあり、私は怖くてたまらなかった。

今回のアルジェリアのご家族が取材を受け、気丈にコメントをしている姿は、同じ経験をした者からすれば立派だと思う。
私はパニックになり、人と話すこともまともにできなかったから。

ちーちゃんのニュースは、東京滞在中はテレビや新聞も見ないことにした。
それほどメディアが怖かった。
ちーちゃんが死んだという現実、一番親しい友人がメディアで取り上げている。
いろんな恐怖から、何もかも怖くて号泣していた。

ちーちゃんの家族は、「取材を受けるかは、かおりさんに任せる」と言ってくれた。
でも、私が取材に応じなかったのは、ちーちゃんと最後に会った時の会話だった。
「海外で亡くなったらメディアで取り上げられる」という話題になった。
ちーちゃんは「それは嫌ですねー 何言われるかわからないですもんねー」と言ってた。
その言葉が思い出され、とにかくこれ以上ちーちゃんがメディアに取り上げられないよう必死だった。

とにかくちーちゃんを守りたい一心だった。

ただ、そう思う反面、誰もコメントをせずこのまま黙っていたら、ちーちゃんの話題や事件は終息するだろう。
しかし、それはちーちゃんの存在を消すことになるようにも思えた。

ちーちゃんは何も悪いことなどしていない。
だから取材を受けて、ちーちゃんは今までどれほど一生懸命仕事し、どんな思いであの国に行ったのか、どんな人柄だったのか、「ちーちゃんの人柄を知れば、そんな事件に巻き込まれる要因はない!」と、すごく言いたかった。
しかし、私の発言で、違う方向に受け止められても困る。
いろんな葛藤はあったが、私は取材を受けなかった。
それが悪かったのか、良かったのか、今でもわからない・・・


亡くなられたご家族も辛いだろうが、友人たちもこれからずっとこの悲しみを抱えながら生きてゆくことになる。

これは、同じ経験をした者しか分からない。

私がちーちゃんの事をこのブログで書くと、
「あなたはいつまで亡くなった人のことを書くのですか?」
「それが彼女の寿命だったんです」などコメントがあったこともある。
知り合いにも「悲しんでても亡くなった人はよみがえらない」とか言う人がる。
そんなことはわかってる。

私は身近な人の死は、何度も経験してる。
しかし、老死や病気でもない、殺害されてこの世から突然消えた親しい人の死は、なかなか受け入れられない。

いいや、ほんとうは受け入れてる。
とっくにもう理解している。
心の整理もできている。
ただ、彼女のことを思い出すと、もう会えない現実に寂しくて涙がとまらないだけ。

だから同じ苦しみを味わってない人には何も言って欲しくない。
慰めもいらない。

これは自分自身で解決していかないといけないことだから・・・


12月上旬、ちーちゃんの幼馴染2人と会った。
2人とはお葬式、四十九日、一周忌などで何度か会ってるが、法事ではなかなかゆっくり話しができなかった。
12月初め、三人でちーちゃんの関係で三重県に行った。
移動時間も長かったこともあり、初めてゆっくり話しができ、それぞれの思いを語り合うことができた。

その時、私だけでなく、2人もちーちゃんへの思いで常に心の奥底にうまく表現できないいろんな想いがあることを知った。
それを言いあえたことで、私1人苦しんでいるのではないと知り、心のつっかえが取れたように感じた。
翌日1人からメールがあり、私と同じうように感じてくれていたようで「3人で会っていろいろじっくり話しができたことがよかった」と。

そして先日、ちーちゃんが旅先で出会った男の子からメールがあった。
「かおりさんに読んでもらいたくて…」という件名にドキッとした。
彼のメールは、ちーちゃんへの思いを綴ったものだった。

彼は今まで、あまり多くを語らなかった。
彼の心の中にしまっていたものを、文章としてまとめた内容だった。
彼にちーちゃんの死亡の連絡を電話で入れたとき、彼は他の人と違ってすごく冷静に受け止めていた。
彼の文章を読むと、その時の彼の心境がわかり、ちーちゃんの死によってその後の彼の人生も大きく変わった意味も知ることができた。
彼の文章は、涙なしで読むことはできなかった。

彼はその文章を自身のblogにアップしてくれた。
この中の「大丈夫…きっと彼女が見守ってくれる」のタイトル。

彼は6月からアフリカのガーナに赴任する。
ガーナ勤務の前任者は、偶然にも私もちーちゃんも知り合いの友達だった。
これはちーちゃんが呼んだのか?
なんか、すごい縁で何もかもつながってるようにも感じてしまう。



ちーちゃんの両親は事件後、同じように海外で被害にあわれた両親と会い、いろいろ話を聞かせてもらっているらしい。
同じ境遇の人と会って、心の傷を少しずつ埋めていくしかないのだろう。


27日ちーちゃんの両親が東京に来るので会ってくる。
ちーちゃんのご両親の悲しみが少しでも和いでくれることを祈って・・・







【2013正月 シンガポール&マラッカ】
(2012.12.28-2013.1.6)
=3Day= 
● サンズ・スカイパーク

シンガポールを象徴する新しい顔としてデビューした「マリーナ・ベイ・サンズ」
シンガポール マリーナベイサンズ

シンガポール マリーナベイ ホテル


最上階には3つのタワーつなぐ舟形が乗っかっている。
ここは展望台&庭園プール。
プールは、下の「マリーナベイホテル」宿泊客のみしか入れない。
この庭園の先端部分だけ、一般客も入れる展望台になっている。
シンガポール マリーナベイサンズ
ただし、入場料20S$(1420円)が必要。

展望台に行くエレベーターは、先端部分のビルにあるが、ホテル内ではなく屋外から入る。

エレベーター前には、このようなマリーナベイの模型がある。
シンガポール マリーナベイサンズ

舟形の先端は展望台。
シンガポール マリーナベイ 展望台
2階にカフェレストランがあるが、これは宿泊客しか入れない…
1階にジュースやポストカードなどのちょっとしたお土産を売ってるが、どれも観光地プライスで高い…
展望台に上る前に、コンビニでニュースを買った方がいいと思う。

宿泊者しか入れないプール。
シンガポール マリーナベイ 展望台
展望台の客は、身を乗り出し少しのスペースから、このようにプールの写真を撮っていた。

いつかこのプールに入るため、マリーナベイホテルに泊ってみたいが…

展望台から陸側の眺め
シンガポール マリーナベイ 展望台

シンガポール マリーナベイ 展望台

海側に広大な敷地にある「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」
シンガポール マリーナベイ 展望台

さらに海に目をやると、貿易港らしくタンカーがいっぱい。
シンガポール マリーナベイ 展望台

真下はこんなん。 足がすくむ…
シンガポール マリーナベイ 展望台

【2013正月 シンガポール&マラッカ】
(2012.12.28-2013.1.6)
=3Day= 
● ショップス・アット・マリーナ・ベイ・サンズ

シンガポール3日目は、シンガポールの新スポットのマリーナベイエリアを満喫することにしていた。
ガーデンズを散策し、お腹もすいたし、マリーナベイに新しくできた大型ショッピングモール『ショップス・アット・マリーナ・ベイ・サンズ』へ。
シンガポール マリーナベイ ショッピングモール

シンガポール マリーナベイ ショッピングモール
1階は運河のような作りで、ベネチア風な舟が行きかっていた。
シンガポール マリーナベイ ショッピングモール

モールは太陽光を取り入れ、とても明るい。
シンガポール マリーナベイ ショッピングモール

ショッピングモールは、とんでもなく巨大。
全部まわったが、もうヘトヘト・・・
シンガポール マリーナベイ ショッピングモール
南国にスケート場。

ショッピングモール内のホーカーズでランチ。
私が行ったのは2時過ぎだが、まだまだお客さんがいて、席を確保するのがめちゃめちゃ大変!

ホーカーズ(フードコート)には、食べたい物がいっぱいで、どの店、どの料理にしようか、めっちゃ悩む~
シンガポール マリーナベイ ショッピングモール
結局、いろんな料理が食べられるマレーシア料理にした。
それと、大好きな飲茶も。

私が選んだボリュームに比べ、リチャードはめっちゃ小食。
えっ? これだけ!?
シンガポール マリーナベイ ショッピングモール
私が食べすぎなのか…?


ここには巨大カジノがある。
シンガポール マリーナベイ カジノ
カジノ初挑戦! 
カジノには、パスポートが必要。
この日に限って私はパスポートとリチャードの家に置いてきてしまった…
リチャードはシンガポール人の為入れない。
2人とも入れないし、ちょっと特別な場所から内部を見学。

プロフィール

かおり

Author:かおり
大阪出身
旅が大好きで、気がつけば40数カ国旅をしています。そして念願だった旅行記を2006年出版。
多くの人に一人旅の魅力やイスラムの国々の良さを知ってもらおうと、書著「やっぱり旅はやめられない イスラム編」を書きました。
2008年に第2弾となる「中国編」を出版。

最寄の書店での注文、もしくは上の“おすすめ商品!”の「やっぱり旅はやめられない」をクリックしてみてね!

プロフィール写真は、私本人ですが実物はまるで違います…あしからず。

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