春節で中国人がわんさか日本に押し寄せ、爆買してくれてるようですねー
中国人は親戚や友達から、いろんな物を頼まれるから、他国の観光客とは買い方が全然違うんですよねー

春節に海外に行く中国人は、一部の人。

中国人のほとんどは里帰りします。

春節は、日本で例えると、正月とお盆を合わさった感じで、家族、親族が集まるとても大切な日。
中国では、出稼ぎで村を離れている人、仕事の為村を出た子供たちが、故郷に帰ってきてみんなでお祝いする。

そのため、旧正月には結婚式が多いと言われている。
故郷を出て大学や仕事に都会に出た人も故郷に戻り、親戚一同集まるこの時期に結婚式を行うらしい。

私の中国人の友達エンちゃんは今、旧正月で故郷の福建省に帰っている。
旧正月の大晦日の夜、朝まで爆竹が鳴りびいていたらしい。
ニュースによると、爆竹が禁止されてるようだが、田舎ではそんなことはお構いなし。
私は爆竹が怖いが、中国人はテンションが上がるらしい。

エンちゃんの田舎でも結婚式が毎日のようにあるらしい。
友達の結婚式や、親戚の結婚式があり参加するという。

私が伝統儀式や風習やそのような、その土地独自のイベントに興味があることを知ってるエンちゃんは、
先日従兄の結婚式をskypeで生中継してくれた。
結婚式は、夕方から。

エンちゃんが結婚式会場に到着した時から中継が始まった。

真っ赤な絨毯に真っ赤なアーケード。
壁には2m置きに新郎新婦の結婚前に撮影された写真がたくさん飾られてある。
2人の写真を見ながら真っ赤なアーケードを歩いて会場へ。

中庭には池がある。

披露宴会場の建物はすごく立派。
玄関ホールの床は、幾何学模様の大理石。
大きなドアを開けると、立派なシャンデリア。

会場にはたくさんのテーブルと椅子がセッティングされてある。
テーブルクロスや椅子も、真っ赤。

建物に入りきれないお客さん用に、外にも赤いテーブルがたくさんセッティングされてある。

私が参加した貴州省のカンちゃんの結婚式場と全然違う~
なんか、こっちの方が中国らしい披露宴会場。

私; 「ここはどこ? ホテル? それとも結婚会場?」

エ; 「ここは親戚の家~ 家で結婚式をするー」

私; 「えっーーーー!! 
  これが家!? ホテルじゃーないの!?
  さっきの池も家の敷地!?」

エ; 「そう」

披露宴会場化した家の中も実況中継してくれる。

大きな玄関扉をくぐると、壁や床は大理石。
吹き抜けの天井からは大きなシャンデリア。
ドレスを着た貴族が降りてきそうな、カーブがかかった広い階段。

な、な、なんじゃこれーーーー

結婚式より、私は豪華すぎる家に衝撃をうけてしまった・・・

カーブがかかった階段を上がって、2階の吹き抜けから会場を写してくれる。

赤い装飾で飾られた家は、まるで貴族の館のよう。

次に、エンちゃんは2階のテラスに出た。

めっちゃ広いテラス~~
高級ホテルでもこんなに広いテラスはないでーーーー

2階のテラスから、屋外を映してくれる。

彼女は、外で行われている結婚式の準備風景を映し説明してくれる。

広い広い家の庭には、赤いジャケットに黒いスカートの女性、男性は赤いジャケットに黒いズボンの人がいっぱい。

私; 「あの人たちは誰?」

エ; 「あれは、結婚式のスタッフ~」

私; 「あんなにたくさん雇ったの!? あの人たちは派遣で今日だけこのバイトをする人たち?」

エ; 「違うー バイトの人じゃーないー ホテルの従業員。
  料理もホテルのコックが出張して作ってる~」

私; 「じゃ、あれだけの人をホテルから出張してもらったら、ホテルの営業できないのでは?」

エ; 「それは大丈夫~ 中国は人が多いから~
  この時期、ホテル業は一番もうかる。
  料理や配膳だけでなく、家の庭を結婚式場にするため、前の日から来て全部セットしてくれる」

一大イベント会場となった家は、見事に赤一色になり、飾り付けも本格的で見事だった。

2階のテラスの隣にもっと広い屋上がある。

私; 「あの隣の屋上にも行けるの?」

エ; 「建物は違うから、ここからは行けない~
  隣の建物から上がることができる~」

私; 「隣の建物は何? これもエンちゃんの親戚の家?」

エ; 「親戚の家だけど、部屋ではなくパーティー会場だけの建物~」

な、なんじゃそれ~!?
意味わからん~

テラスから周囲の景色を映してくれる。

家の敷地が広すぎて、隣の家が遠い。
近隣の家は、家ではなくホテルのよう。

エンちゃんはまた1階に降りてくれ、庭を散策してくれ、家の全貌を見せてくれた。
どうみても高級ホテル。

エンちゃんの親戚の家の豪華さや周囲の家の立派さに驚いていたら

「昨日、友達の結婚式に行ったけど、友達の家はもっとすごい家だった。
14階建てで全部彼女の実家だった。」


エンちゃんの村は華僑ではないが、中国全土に出稼ぎに出ているらしい。

エンちゃんは私にお父さんや親せきは、「みんな出稼ぎしてる~」って言うてたが、
よーく聞くと、出稼ぎというより、北京で事業(会社経営)をしてるらしい。
エンちゃんの親戚(新郎の親)は北京に住み、中国全土で事業をしてるやり手の社長だった。

今回の新郎は、ずっと北京に住んでいて、エンちゃんと会うのも久しぶりらしい。

私; 「新郎は小さい時から北京で住んでるってことは、新婦も北京の人かなー?」

エ; 「違うー 近くの村出身で、お見合い~ この村ではお見合いが当たり前。
  私の弟も3-4年後に結婚する。
  さっきから、親同士が集まって、弟の結婚相手の話をまとめてる。」

私; 「弟は、親が決めた結婚相手と結婚するの!?」

エ; 「そう」

私; 「ひぇーーー!じゃ、エンちゃんも!?」

エ; 「私の場合はたぶん大丈夫かなー? 私嫌だからー」

私; 「新郎はこれからこの家で住むのかなー?」

エ; 「それはないー たぶん北京で住むー」

私; 「じゃ、この家は誰が住んでるの?」

エ; 「おじいちゃん、おばあちゃん。私の家と同じー」

私; 「こんな広い家やのに、普段はおじいちゃんおばあちゃんしか住んでないの~!? 
  もったいなー
  使ってない部屋を貸したり、ホテルにしたらいいのにー」

エ; 「こんな田舎、だれも来ないー」

私; 「あ、そっか~
  おじちゃん、おばあちゃんが亡くなったら子供が帰ってきて住むのかなー?」

エ; 「北京で仕事してるから、たぶん旧正月にしか帰って来ないー
  空き家になったら、住んでもらう人を雇うー」

私; 「えーーー!!
  その時は、ぜひ私を雇って~~~」

豪華でホテルのような家で、お金をもらいながら住めるなんて最高と思う~

給料は安いでしょうが、周囲には畑があって自分で食べる野菜など作れる。

最高の暮らし方やん~

私の将来は、中国福建省で、家の管理人に決定や~!!




あ、肝心の結婚式ですが、
新婦は真っ赤なドレスで登場し、新郎はズボンを逃されたり、いろんな儀式やってましたー





もう少々、ちーちゃんネタ
というか、ちーちゃんの両親ネタ


何度も繰り返しになってしまうが、
先日、ちーちゃんの両親とミャンマーに一緒に行ったKさん、ミャンマーで出会ったチャコちゃん、ちーちゃんの同級生と会ってきた。


ミャンマーでの日々は、表現できないほど毎日辛かったが、
今では、あの辛い日々を4人で必死に乗り越えた同士のような感覚になっている。



当時、お父さんは「ミャンマー」と聞くだけで怒りがこみ上がっていたが、
今では「行ってよかった」と言ってくれるようになった。
お母さんは「またミャンマー行きたいだよー あの民族衣装店に行きたい」と言っていた。

ミャンマー最終日、市場でウインドーショッピング時間を設けた。

当時は、観光で行ってるわけではないので、
両親としてもミャンマー土産など持って帰ったら、ちーちゃんのきょうだいがどう思いうか・・・と気にして何も買わなかった。

私もミャンマーで何か買うと、その物を見るたびに辛い思いがよみがえってくると思い、ミャンマーでは何も買わないようにしていた。

とは言うものの、もうミャンマーに来ることは無いかな・・・?と思い、
帰国直前、数点だけ買い物をした。

お母さんも最後の最後に、民族衣装を売ってる店で布を1枚だけ買った。

「あの時は、日本にいる子供たちに遠慮して1枚だけしか買わなかったけど、本当はもっと欲しかった。
もっと買っとけばよかったなーって思うだよー」
だからまた布を買いに行きたいと言っていた。

「チハルもいろんな国で、布とか買ってきてたんですよ。
何でこんな物買ってくるんだか~って思ってたけど、
実際に行くと、欲しくなるものなんですねー」
と笑っていた。


お父さんもミャンマー人の優しさに触れ、意識が180度変わったみたい。

「ミャンマー人は良い人たちばかりだった。
行かなければ、今でもミャンマー人に対して憎悪が続いていたと思う。
チハルは昔っから1人でいろんな国に行ってたけど、
その時はなんで1人で危険な国(お父さんが勝手に危険と思ってるだけ)に行くのだろう?って全く理解できなかったし、理解してあげてなかった。
でも、こうしてチハルと同じように現地の人が行く店でご飯を食べ、現地の人と触れあってみると、やっと旅の良さが分かった。
今となっては遅いけど、娘がやってたことは素晴らしい事だったんだって初めてわかった」

そう言ってくれたことが私にはすごく嬉しかった。

生前チハルちゃんは
「私の家族は私の事を理解してくれない。
海外旅行なんて縁がない家族で、こうして海外に行くのは私だけ。
いくら私が旅の話しをしても、理解してくれない」
と言っていた。
私の家族も同じなので、2人でそのような話をよくしていた。

だから余計に両親の意識の変化を感じる。

今、両親は日本各地巡礼の旅をしてる。

日本巡礼の旅もいいが、元気なうちにちーちゃんが好きだった世界の旅もしてほしい。

ちーちゃんが好きだったことをもっともっと理解してあげてほしい。

ちーちゃんが行きたがっていたアフリカや、大好きなパンダを見に本場四川省に行ってあげてほしいなぁ~

四川省のパンダなら、私が案内しますよ!!
なーんちって。




ちーちゃんに関するネタです。

先日、ちーちゃんのご両親が金曜日に上京することになり、「会えませんか?」と連絡をいただいた。

「今回はチャコちゃんも来ます。
今、Kさんにも声をかけています。
チハルの同級生も来れるそうです」

チャコちゃんとの出会いはこちら↓を読んでくださいね。
「天使が舞い降りた 1」
http://kaoridon.blog68.fc2.com/blog-entry-2020.html


Kさんは、ちーちゃんがミャンマー旅行中最後に会った日本人男性。
そして、私とKさん、両親の4人で事件半年後ミャンマーに行くことになった。

今回6人で会う。

お店は、私が予約することになった。


両親は、田町駅のホテルで宿泊するというので、田町でお店を探した。

金曜日の夜7時前後からの予約ということもあり、どの店もいっぱいで断られてばかりだった。
東京の知り合いにその話をすると「田町なんて店だらけだよー なんで予約取れないの?」と言われたが、
ことごとく「もう予約でいっぱいです…」
「2名ならなんとか大丈夫なんですが・・・」
「2名~4名なら席は用意できますが・・・」
「9時半以降なら空いてますが・・・」と言われるしまつ。
金曜日の夜、6名席の確保は厳しかった・・・。

10軒近く電話して、やっと6名でも大丈夫と言ってくれる店が見つかった。


Kさん、チャコちゃんと会うのも久しぶりだし、
法事以外で両親を交えて、みんなでこうして会うのは初めて。
法事の時と違って、和やかだった。
和やかを通り越し、笑いが絶えなかった。

そんな中、私は1人の店員が気になっていた。
その店員は、若くてかわいらしい女性。
ちょっと日焼けしたような健康的な肌の色。
名札を見ると「ス」と書かれてある。
ニックネームかな??

見た目は日本人だが、日本語が日本人とはちょっと違う。
中国人の日本語とも違う。
中華系のタイ人かな?とも思ったが、タイ人系の日本語の発音ではない。
ベトナム人かな?と思ったが、鼻や口が違う・・・
どこの人かな・・・?
聞こうかな・・・?と思っていた時、
ちーちゃんの同級生が「どこの国の方ですか?」と直接質問した。

「ミャンマー人です」

私たち全員、会話が止まり一斉に彼女を見た。

「みゃ、ミャンマー!?」

全員で驚いた。

「ミャンマー知ってます?」
無邪気に笑顔で聞く店員。

「知ってるも、私たちミャンマーに行きましたよ。」

「そうですかー
ミャンマーは良かったですか?」

一瞬、全員どう答えたらいいのか戸惑ったが、
ちょっと顔は引きつっていたかもしれないが笑顔で「良かったですよー」と言った。

ミャンマー人の店員スちゃんと出会い、私たちは「ミャンマーに縁があるねー」と言いながら不思議な気持ちになっていた。

この日は、同窓会みたいな雰囲気で、お父さんもすごく上機嫌。
「次の店に行こう~!!」とお父さん。

スちゃんの店を後にし、適当に歩きながら店を探すことにした。

串カツ屋が目にとまった。
迷わず「よしっ! ここに行こう!」と、お父さん。

席に着いて、注文をする。
店員さんが日本人ではない。
東南アジア系。
フィリピンでもない。
ベトナムでもない・・・
インドネシア人でもなさそう・・・

ここでもすかさず、日本語学校の先生をしてる同級生が質問した。
「どこの国の方ですか?」
「ミャンマー人です」

げっ!!!
またみんな絶句した。

私たちが驚いてると
もう1人の店員の男性を指差した。
「あの店員もミャンマー人です」

行く店、行く店、ミャンマー人だった・・・・

高田馬場にはミャンマー人が多いと聞くが、ここはずいぶん離れた田町。

チャコちゃん、Kさん、同級生、東京に住んでいるが今までミャンマー人と出会ったことがないという。
(私の東京の友達の友達にミャンマー人がいるが、こうして偶然に出会ったことは無い)

同級生は、日本語教師をしてるが、ミャンマー人の生徒は今まで出会ったことがないという。

Kさんは
「僕は東京生まれ東京育ちですが、今まで東京でミャンマー人と出会った事ないですよー」と驚いていた。

ミャンマーに行った時も、毎日怖いくらいの奇跡というかミラクル続きだった。
偶然のような奇跡の連続は、普通では考えられない事ばかり。
私たちはミャンマー旅行中怖くなっていた。
誰もが「こんな偶然あるのだろうか・・・ これはチハルちゃんが仕組んでるとしか思えない・・・」と言うほどだった。

私はチハルちゃんが亡くなってから、見えない力で操られているような感覚に何度も陥る。

それはお母さんも感じるらしい。

チハルちゃんは私たちを操りながら何かを伝えたいのかな・・・?って思う。

それなら早く答えに導いてくれ~!!!




ちーちゃんのネタです。

先日、ちーちゃんのご両親が金曜日に上京することになり、「会えませんか?」と連絡をいただいた。

「チャコちゃんも来れるそうなので、ぜひかおりさんも来てください!」
気が付けばチャコちゃとは1年ほど会ってない。

ちーちゃんの生き写しのようなチャコちゃんとの出会いは
「天使が舞い降りた 1」 
http://kaoridon.blog68.fc2.com/blog-entry-2020.html
で詳しく書きました。

今回、両親が泊る田町駅周辺で、私がお店を予約することになった。

人数を聞くと、チャコちゃん以外にも、一緒にミャンマーに行ったKさんも来るという。
そして、ちーちゃんの大学時代の同級生のお友だちも。

同級生のお友だちとは、去年の夏前に会ったことがある。

彼女はちーちゃんが亡くなった当時インドで仕事をしていた。

ちーちゃんの事件があった時、私はちーちゃん家族に確認し、
ちーちゃんのSNSの友達全員に、
ミャンマーで殺害された日本人女性はちーちゃんで、お通夜、お葬式の日程を知らせるメッセージを送った。

ちーちゃんのニュースを知らなかった人からは、ショックを受けている返事もあった。
その中の1人が彼女だった。

そして去年、仕事を終えインドから帰国し、
ちーちゃんの実家にお墓参りに行ってきましたと連絡があった。
「今は東京で仕事をしています。
チハルからはカオリさん話を聞いていました。
うまく表現できないのですが、かおりさんと会わなければいけない気がして連絡させていただきました。
お忙しいでしょうが、会っていただけませんか?」
と言う内容だった。
私たちはすぐ会った。
それから半年以上会ってなかった。


同級生の友達は、チャコちゃん、Kさんと会うのは初めて。

軽く紹介したが、なんだか意味が分からない感じで戸惑っていた。


帰りに同じ方向だったこともあり、私とお友だち2人で帰ることに。

「チャコちゃん、Kさんと会うのは初めてやね?」

「チャコちゃんのことは、お母さんから聞いてました。
家に行った時、両親が行ったミャンマーの写真を見せてくれました。
チハルとそっくりな女の子と会ったってチャコちゃんの写真を見せてくれました。
その時は、どこが似てるのかわからなかったんですが、
今日会ってみて、びっくりしました。
あれはチハルですね!!
あんなに似てる人がいるなんて、驚きました。
今日は、チャコちゃんばかり見てしまいました。
背格好や色白のところも似てるし、雰囲気がまるでチハルで驚きました。」

彼女は少し遅れて到着した。

「席に着いた時、目の前にチハルがいる!と思いました!」

「そうやろー
今日の服装はチャコちゃん風やったけど、ミャンマーで会った時の服装や持ち物なんて、まるでチハルちゃんやってんでー」

「今日の服装もチハルと似てましたよー」

「職業もチハルちゃんと同じ看護師やし、年齢も1つしかかわらんねん」

「事情を知っても両親と会ってくれるって、すごくできた人ですよねー
気持ち悪がって、嫌がって会いたくないって思う人もいるでしょうにね・・・
チャコちゃんを見てると、本当に両親が好きみたいですよねー
あんないい人いるんですねー
今、この時を共に生きていてくれたことに感謝ですよー」

「出会った場所が、チハルちゃんが最後に泊ってた町やねん。
私が見つけたのではなく、両親が見つけ声をかけてんでー」

「すごい話ですよね…
今日はほんとうに驚きました。
チハルと会ってるようで・・・」

同級生は、何もかもが衝撃的で頭がクラクラしてるようだった。

会食中戸惑ってみえたのは、チャコちゃんがあまりにもチハルちゃんに似てたからみたい。


チャコちゃんとの出会いは、意図されたように感じてしまう。



ちょっと、ちーちゃんネタです。


先日ちーちゃんの両親が上京し会ってきた。

ちーちゃんのお父さんは、ちーちゃんが無くなった1年後、人に教えてもらい『被害者家族の会』に入った。
月に一度週末に、東京で会合があり、参加のする為に上京している。

いつもだいたい日帰り。
「週末に会えますか?」と両親から連絡があるが、
私は残り少ない東京暮らしを満喫するため、週末は出かける用事が詰まっている。

今回は、「金曜日の夜に会えますか?」と連絡があった。
「金曜日の夜なら大丈夫です」と返事をした。
「今回はチャコちゃんも来れるので、かおりさんもぜひ来てください!」


チャコちゃんは、私と両親、もう1人、ちーちゃんが現地で最後に会った日本人男性のKさんと4人でミャンマーに訪れた時に出会った日本人女性。

チャコちゃんとの出会いは衝撃だった。



ちーちゃんと同じ行程でヤンゴンから進み、殺害現場となったパガンの地で、遺体確認をしてくれたミャンマー人ガイドと現地警察に事件当時の話しを聞き、事件の足跡を追い事件現場に行ってお花を手向けた。

その日は、心身ともに疲れ果ててしまった。

夕食時もみんな憔悴しきって言葉が少ない。

「両親もお疲れでしょうし、明日は昼まで自由行動にしましょう」と言って寝た。

ちーちゃんの事件現場となったパガンでは、ミャンマー人ガイドから
今まで知らなかった事実を知ることになり、
頭を何度も殴られたような感覚になり、私は思考回路がマヒしてしまった。

事件現場に行った日の夜は、なかなか眠れなかった。

両親も今晩は眠れないのだろうな・・・
と、思っていると、
隣の両親の部屋から、大音量のイビキが響き渡りちょっと驚いた。
お父さん、眠れてるんや・・・
すごいな・・・

翌朝、私は久しぶりに目覚ましをセットせず、ゆっくり昼前(11時)まで眠った。

そのホテルは中庭があり、各部屋の前にテラスがあった。
626 (9)

テラス越しに両親の部屋を見ると、静まり返っている。
まだ寝ているのかな?

私はテラスでボーっとしていた。

今日は両親とどのように接したらいいのだろう・・・
私がこれほどショックを受けているのだから、両親はもっともっとショックを受け、憔悴しきっているだろう・・・
もう1泊この街に滞在しないといけない。
このホテルに居たら、また事件の事を思い出すかもしれない。

連泊する予定だったが気分を変えるため、いいホテルに泊ったほうがいいかも・・・思った。

一緒に行った日本人男性Kさんが起きてきた。
ホテルを変える案を伝えると、彼も賛成してくれた。

両親はまだ起きてこない。
そろそろ12時でチェックアウトの時間。

両親を起こしに行こうかなー?と思った時、
両親が外から帰ってきた。

「出かけてたんですか!?」

「今、チハルと会っただよー」

とうとう両親はショックのあまり、幻覚を見るようになってしまったか・・・
と本気で思った。

昨日まで肩を落とし憔悴しきっていたのに、
今日は、昨日とはまるで別人のように、ニコニコと笑顔で2人で
「今チハルと会った!」
「あれはチハルだよー」と何度も言う。

私とKさんはどう反応していいか戸惑った。

「そうですか・・・。 
今2人で話し合ったのですが、今からホテルを変えることにしました。 
荷物をまとめてください」

「え!? ホテル変わるんですか?
チハルと今日の夕方約束したのに・・・
会えなくなるんですか!?」

「チハルちゃんと約束したんですか!?」

「そう、 今日の夕方このホテルまで会いに来てくれる約束をしたんです。
またチハルに会いたい…」

私とKさんは顔を見合わせ、どこまで本当なのか意味がさっぱりわからなかった。

「その人が泊ってるホテルわかります?
わかれば伝言して今晩会うようにしましょう」

私たちは、半信半疑だったが、両親が見たチハルちゃんという人が泊っているホテルに行った。
「ここに日本人女性は泊ってますか?」
「Yes」

私たちはメモ紙に伝言を書いた。
「今晩急きょホテルを変更することになりました。
夕方迎えに行くので、ホテルで待っていてください」
フロントに託した。

夕方、彼女がホテルに帰ってくる頃、私たちがチャーターしていた車を迎えに行かせた。
そして、彼女を乗せた車が、私たちが泊っていたホテルに到着した。

両親は「またチハルと会える~♪」と喜んでいたが、
私とKさんには、両親はショックのあまり頭がおかしくなったんじゃーないか?と心配していた。

迎えに出ていた私とKさんは、彼女が車から降りたとたん息を飲んだ。

そ、そっくり・・・・
この世の中でこんなに似てる人がいるのか!?と思うほど、そっくりだった。

背格好、服装、内面から出る何気ない雰囲気、全てがチハルちゃんだった。


私とKさんは半信半疑だったが、「そっくり・・・ウソでしょ・・・」と驚いていると、
「チハルでしょ?」と両親はニコニコ。

意味が分からないまま車に乗せられ、高級ホテルに連れてこられたのは、チハルちゃんそっくりなチャコちゃんだった。

チャコちゃんは、驚いている私たちに挨拶をしてくれたが、私とKさんは開いた口が開きっぱなし。

「どうしたんですか~? 何がそっくりなんですか~?」
無邪気にニコニコとふるまってくれるチャコちゃん。

一緒に夕食を食べながら、いろいろチャコちゃんの話しを聞かせてもらう。

年齢はちーちゃんと1歳違い。
職業は、ちーちゃんと同じ看護師。
看護師になった経緯も、普通の大学を卒業した後、看護学校に行き看護師になった。
それもちーちゃんと同じ。
バックパッカーで今までいろんな国を旅していた。

話を聞けば聞くほど、ちーちゃんとそっくり。
みんなチャコちゃんの話しを聞く度に驚く。
そして、みんな涙目になながら、いとおしそうにチャコちゃんを見つめる。

様子が変だと感じた、チャコちゃんは
「私、何か変なこと言いました!?
なんでそんなに驚くんですか~? 
で、皆さんはどういう知り合いなんですか?」

その言葉にみんな詰まってしまった。

「いや・・・ まぁ~ ちょっと・・・」

「みなさん敬語で話してるけど、お父さん、お母さんって呼んでるし・・・
みなさんさっきから変ですよ~ どういうお知り合いなんですか?」

これ以上不気味に思わせても良くないと思い、
「私の友達の両親やねん。
Kさんとは知り合いというか、私の友達の知り合いやねん」

「複雑な関係なんですねー? で、そのお友だちは??」

またみんなで言葉が詰まった。

誰が言ったか思えてないが、もうこれ以上隠せないと思い、誰からともなく説明した。

私たちの複雑な関係を知り、ちーちゃんの事件を知り、チャコちゃんはすごくショックを受けた。
「半年前にそんな事件があったんですね…
私、全然知らなくて・・・
ごめんさない・・・
ただ、ミャンマーはいいって聞いたから…
知らなくてごめんなさい・・・」
チャコちゃんは、涙を流しながら謝った。

「チャコちゃんは謝ることなどないねんで。
事件があって、すぐ公にしないように報道規制をかけたから、事件のことを知らない人が多いねん。
知らなくて普通やねんで」

食事の後半は、みんな涙、涙だった。

「こんな素敵なご両親がいて、
わざわざミャンマーまで来てくれる友達がいたチハルさんはすごく素敵な方だったんでしょうね」

「実は・・・
私たちがさっきからチャコちゃんをいとおしそうに見つめるのは、
チャコちゃんが、チハルちゃんそっくりやねん。
今日、両親が「チハルと会った!」ってすごく喜んでホテルに戻ってきた時は、幻を見たと思ってたけど、
車からチャコちゃんが降りて来た時、ほんとうにチハルちゃんが戻ってきたとびっくりしてん」

「だから、驚いてたんですね・・・
初対面なのに、すごく驚いてたから何だろうな?とは思ったけど・・・
私、そんなにチハルさんと似てるんですか?」

「雰囲気がすごく似てる。
それにチャコちゃんの話しを聞けば聞くほど、生い立ちや生きる方が同じで、さっきからずっと驚いてるねん」

「チハルさんと会ってみたかったな・・・」

チャコちゃんは、チハルちゃんと似てることを嫌がらず、
私たちがチャコちゃんを通しチハルちゃんと重ねている事にも嫌がることなく、快く受け入れてくれた。

私とKさんが両親を支え、ミャンマーに連れてきたこともに感銘し、
「私にできる事があれば」と言ってくれた。

私たちは、翌日チハルちゃんが見れなかったパガンの遺跡を見に行くことにしていた。
チャコちゃんもまだ行ってない遺跡もあるということで、翌日は車で一緒にパガン観光をするとになった。

翌日、パガンで雇っていたガイドもチャコちゃんを見て、驚いていた。
そのガイドは、チハルちゃんが亡くなる数時間前まで会っていて、遺体確認をしてくれたミャンマー人。

「彼女は誰!?」
「昨日の朝、両親がホテル前を散歩してた時に、チハルちゃんにそっくりな日本人女性を見つけ、声をかけたんだってー
私たちもびっくりしたよ。
似てるでしょ」

「うん・・・そっくり」

彼も幻を見るように驚いていた。


お父さんは、チハルちゃんの生き写しのチャコちゃんと一時も離れたくないようで、
「チャコちゃん、こっちに座って」と、両親の間の席を空け、ポンポンと座席を叩き、自分の隣に座るよう勧める。

お母さんは「お父さん、それはセクハラだよー」と言い、みんなで爆笑。

チャコちゃんは、「そこに座ってもいいんですか?」と、快くお父さんとお母さんの間で座ってくれた。

私とKさんはこっそり「チャコちゃんごめんね」と言うと、
「全然良いんです!
私、嬉しいんです!
両親はすごく素敵だし、私お父さん好きですよ」

チャコちゃんのおかげで、パガン最終日はみんなが楽しい空気に包まれ、笑いが絶えなかった。

もしかしたらチャコちゃんは、ショックを受け悲しんでいる私たちの為に、
ちーちゃんが天国から送ってくれた自分の分身ではないか?と思えた。


プロフィール

かおり

Author:かおり
大阪出身
旅が大好きで、気がつけば40数カ国旅をしています。そして念願だった旅行記を2006年出版。
多くの人に一人旅の魅力やイスラムの国々の良さを知ってもらおうと、書著「やっぱり旅はやめられない イスラム編」を書きました。
2008年に第2弾となる「中国編」を出版。

最寄の書店での注文、もしくは上の“おすすめ商品!”の「やっぱり旅はやめられない」をクリックしてみてね!

プロフィール写真は、私本人ですが実物はまるで違います…あしからず。

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