【四川省・貴州省の旅】2016.9/4-29 

9/6 Day-3-5《汶川・牟托村》


新しい資材でありきたりなコンクリートの民家を建築中の牛脳村の次は、

『牟托村』に行った。


牟托村へも川沿いの道を進む。

この辺りは、平地が無い為、どこに行くのも川沿いになる。

道の片側は茶色く濁った激流。

もう片側は、垂直にそそり立つ岩山。

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土砂崩れもある。

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汶川から車で40分ほど牟托村に到着した。


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汶川周辺の村は、入口になる別れ道の所に、村の名前が彫られた立派な石碑がある。

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これも震災後の復興でつくられた。


ここは、震災前のチャン族建築風に戻している村。

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牟托村は、チャン族伝統の石を積み上げた塔が4つある。


ここが村の中心あたり

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村のどこからでも塔が見える。

写真でも山側に3つの塔が見える。


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村の中心近くには宿もあった。


塀や家は、ブロックやレンガを積み上げた壁にタイル風にカットされた石をコンクリートで張り付けている。


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本来なら、石を積み上げているのがチャン族建築。


要塞のような家も再建されていた。

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上から見ると屋根はトタン。

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民家の敷地内には葡萄をつくっている家が多かった。

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老人が家の中庭でくつろいでいたので声をかけ、家の中を見せてもらった。


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外観は同じだが、左側は新しい家。

右側は古い家。


新しい家は子供夫婦が住んでいる。

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壁は白く、大理石のきれいな床。

天井も高く、室内は広々している。

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リビングを中心し各部屋がある。


大きなテレビも!

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老夫婦が住む古い家も見せてもらった。

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二階は物置になっていた。

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この村も地震の時は大きな被害にあった。

この古い家も壁など崩れずいぶん被害にあったが、倒壊することはなかっため助かったらしい。

室内は暗く、ドアを閉めらた真っ暗になる。

老夫婦には、昔ながらの住み慣れた住居の方が快適だと話してくれた。


家を見せてもらっていると、プラスチック容器に入ったはちみつを見せてくれた。

老夫婦は、蜜蜂を飼っていて蜂蜜も採取しているという。

1キロで60元(約900円)。

すごく良い蜂蜜だし、家も見せてもらったし、インタビューもさせてもらったので、2人で1キロを購入した。

宿に戻り飲み終えた水のペットボトルに半々に入れ替え、各自500㎖の蜂蜜を入れ持ち歩いた。

この後、私はこの蜂蜜でずいぶん助かることになる。


家を出るときには、フルーツまでいただいた。

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【四川省・貴州省の旅】2016.9/4-29 

9/6 Day-3-4《汶川・牛脳村》


牛脳村の奥の民家でインタビューをさせてもらい、その他には人と会わなかかったため村を降りることにした。

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車で下っていくと、村の上の民家と下の民家との違いを感じた。


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玄関の門は、昔の家の木の門を再利用しているが、壁はブロックを積み上げ家もコンクリートの立派な家が目立つ。


一部の屋根は昔のチャン族様式だが、多くの家で屋根をスチール製に変えようと工事中だった。

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道には屋根も置かれていた。


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チャン族様式とは全く違う大量生産の屋根を見て私は驚いた。

興味を示し車を止めてもらった。


私;「この屋根どうしたの!?」


運転手;「新しい家は、地震後、震災復興の為、政府が送り込んできた外部の人間が造ったが、いい加減に建てられどの家も雨漏れが酷い。

それで、近代的に鉄骨で屋根をつくり、板状の瓦を乗せる作業中なんだ。」


私;「なぜ、チャン族様式の家にしないの?」


運転手;「チャン族様式の家は時間もお金もかかる。新しい家はすぐできる」


私;「資金はどうなってるの?」


運転手;「政府から援助金が出る。

しかし村によって金額が違う。」



工事の人が近づいてきて、運転手と親しげに挨拶を交わしていた。

ここは運転手の村だから、知り合いかな?と思っていたが、

お兄さんだと言う。


お兄さんは今、家の建築作業員のリーダーとして指揮をとっていた。






【四川省・貴州省の旅】2016.9/4-29 

9/6 Day-3-3《汶川・牛脳村》


汶川から車で40分、近くの山の中腹にある牛脳村に到着した。

ここは、運転手の村。


村の入口のあった小さな家が運転手の家だった。


「地震があったときここで調理していた。

突然大きな揺れが襲ってきて慌てて台所から飛び出した」

台所は家の離れにある小屋。

その為、揺れがあってすぐ屋外に飛び出すことができ助かったと言っていた。



村は山の上付近にある。


斜面の道沿いに民家が点在している。

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写真で見えてる道は、地震前は未舗装だったが、震災復旧で道幅は広がり舗装された。



道が細くなり、車では先に進めなくなり、車から降りた。

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村は静かで誰もいない。

土壁の塀もあるが、コンクリート壁の民家もある。

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村は斜面にあるため、段々に家が建っている。


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ところどころ、このように空き地があった。

ここは以前民家があったが、地震で崩壊し住民が家の下敷きになって死亡したりして、持ち主がいなくなったため空き地になっていると教えてくれた。


牛脳村は、下の写真のようにほとんどが新しい家になっていて、昔の民家は残っていなかった。

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静まり返った村を歩いていると、どこかから犬が激しく吠え出した。

私たちに吠えているようだが、姿は見えない。


すると民家から女性が顔を出した。

飼い犬が激しく吠えるから、外を伺ったみたい。


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私たちが声をかけると、村人の運転手も一緒ということもあり家の中に招いてくれた。


世間話をしながら、地震当時の話を聞かせてもらった。

地震で家は倒壊し、今は政府の援助で建てたコンクリートの家に住んでいる。

家の中は壁が白く明るい。

ソファやテレビがあり、近代的な暮らしをしていた。


女性の年齢は聞いてないが、子供が男の子と女の子の2人いて共に大学生。


このような山奥に暮らす少数民族で子供が2人とも大学生ということに驚いた。


女性の子供は、村でも頭が良く、この地域で一番賢い高校に通っていたらしい。

そして今は二人とも寮生活をしながら成都の大学に通っているという。

自慢の子供らしい。


夫は出稼ぎで町で仕事をしていて、普段は女性と犬だけで暮らしている。


「昔の家と今の家とではどっちがいい?」


満面の笑みで「今の家の方が良い。

古い家は隙間が多くて寒く家の中が暗かったけど、今の新しい家は明るく快適だ」と話してくれた。


壁はコンクリートだが、屋根部分は昔のチャン族様式で建てられていた。


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【四川省・貴州省の旅】2016.9/4-29 

9/6 Day-3-2《汶川》

 

ジュジュんちゃんが事前に汶川周辺の村への行き方をインターネットで調べてくれていたが、ネットでは情報不足で、汶川に行ってから調べることになっていた。


汶川に行ってみると、バスは出ているらしいが、バス停はなく、時刻表も無く、汶川のメイン通りをミニバスがゆっくり走行し、人が集まれば出発するという乗り合いバスしかなかった。

乗り合いバスだと、いつ出発するのかもわからないし、村から帰りのバスが無いかもしれない。

バスだと格安だが1日1つの村にしか行けない。


できるだけ多くの村を回り、たくさんの村人にインタビューをしないといけない。

私たちは、車をチャーターすることにした。


メイン通りに出て、タクシーと交渉して村を回ってもらおうと思っていたが、車が全然捕まらずうまくいかなかった。

ジュジュちゃんがいろんな人に聞いてくれ、またまた通りかかった女性が、車をチャーターできる男性がいるというホテルに連れて行ってくれた。


運転手はチャン族。

20代でスタイルのいい男性だった。


11時から結婚式があるから、それまでの時間ならOKと言われた。

結婚式の後、午後からも村を回ってくれ、1日で120元。(約2000円)


まず、汶川近くの村「牛脳村」へ。

牛脳村は、運転手が暮らす地元の村だった。


汶川周辺の村へは、汶川を出て川沿いを走る一本道を少し走り、山道を登っていく。

どの村も山の中腹にある。

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運転手に話を聞くと、彼も被災者だった。


村までの道中、地震の時どうだったか質問した。

これは、ジュジュちゃんの研究とか関係なく、私の疑問。


Q:地震のとき、どこで何をしていたの?

A:2時半でちょうど昼食の為、家に戻っていてお昼ご飯を作っていた。 

あんな激しい揺れは初めてで最初地震とはわからず慌てて外に飛び出した。

あっという間に家が崩壊した。


Q:家族は無事?

A:僕の家族は全員無事だった。でも村では8名亡くなった。


Q:地震があって、その後はどうしたの?

A:道が崩壊し、村は破壊し、10日間援助隊が来るまで村から出れなかった。


Q:10日間もの間、飲食はどうしていたの?

A:火事は免れたから、家の物を外に持ち出し炊事も家の外でした。

食べ物は村で野菜を作っているから飲食にはそれほど困らなかった。


Q:救助来ると思ってた?

A:携帯電波がつながらなかったけど、あれほどの酷い地震だったから、他でも揺れていただろうし、政府の救助が絶対来ると信じていた。


彼が政府を信頼し、信じていることに私は驚いた。


通訳をしてくれていたジュジュちゃんに、

「彼は政府を信じてるの!?」と聞いた。

「そうですね。彼に限らず中国人はいざというときは政府を信じます」


中国は汚職が多く、普段は全然信用してないのに、大きな災害の時は政府を信じるみたい。



【四川省・貴州省の旅】2016.9/4-29 

9/6 Day-3-1《汶川》


さあ!

今日から周辺の村々を回って調査開始!

調査は復興後の村の様子と村人へのインタビューがメイン。

復興支援で建てられた家はどうなっているのか、村人の暮らしの変化も調査する。



まずは腹ごしらえ。

宿の建物の横に食道があるとオーナーに教えてもらい行ってみる。

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客もたくさんいて、繁盛している。


他の客が注文したのを見ると、おいしそう~

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私たちも注文!

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混ぜ麺とラーメン


私は四川省の混ぜ麺が大好き!


注文のとき、辛いのがいいか店員に聞かれた。

私は辛いのを希望したが、ジュジュちゃんが「四川省はすごく辛いから、辛くない方がいい」と説得され辛くない麺を注文することになった。


食べてみるとおいしいが、やはりパンチが無い。

せっかく四川省に来てるのだから、本場の辛さを求めてしまう。

明日もう一度来て、明日は辛い麺を食べる!と誓った。



プロフィール

かおり

Author:かおり
旅が大好きで、気がつけば50数カ国旅をしています。2006年念願だった旅行記を出版。
多くの人に旅の魅力やイスラムの国々の良さを知ってもらおうと、書著「やっぱり旅はやめられない イスラム編」を書きました。
2008年に第2弾となる「中国編」を出版。

最寄の書店での注文、もしくは上の“おすすめ商品!”の「やっぱり旅はやめられない」をクリックしてみてね!

プロフィール写真は、私本人ですが実物はまるで違います…あしからず。

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  • 2017年01月
2017年01月31日 (火)
牟托村 その1
2017年01月30日 (月)
政府の援助
2017年01月24日 (火)
牛脳村
2017年01月23日 (月)
1人目の被災者
2017年01月16日 (月)
調査の前に腹ごしらえ
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by AlphaWolfy
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