ミャンマーを後にしバンコクへ(バンコクの公衆電話)

ミャンマーでは、心身ともに疲れた・・・
あの疲れは一言では言い表すことなどできない。
あんな辛く、しんどい旅は二度としたくない。

ミャンマー行きが決まった時、それなりに辛い旅になるだろうと思い、
ご両親には申し訳ないが、私はバンコクで途中下車をさせてもらうことにした。

6/29、10日間滞在したミャンマーを出た。
Oさんと私たちは帰りも30分ほどの便の開きがあり、Oさんが先に帰国した。

私とご両親の3人は、一路バンコクへ。
それぞれいろんな思いがあり、帰国時も言葉少なげ。
それでもご両親は一生懸命笑顔を見せてくれたいたのがいたたまれなかった…

出発時、ご両親はすごく辛そうだったが、帰国の時はちょっとすっきりした様子だった。
まだまだ引っかかることはあるが、ちーちゃんがミャンマーを旅していた時に出会っていたほぼすべての人と偶然に会うことができて、いろんなことがわかり、憤りが和らいだようだった。
今回ご両親をミャンマーに連れて行くことができて良かったと思えた。


バンコクの空港に降り立ち、ご両親の乗り継ぎゲートまでお見送りをした。
2人に手を振り見えなくなったとき、「これで私の役目は終わった…」と安堵した。

海外旅行は3度目のご両親。
しかも、2泊3日や3泊4日のツアーでの海外旅行しかしたことが無い。
そんなご両親を、半分バックパッカー的な旅で、しかも10日間。

事件があった街へ行くのは、いろんな問題が絡み、旅の後半になってしまった。
それまでは、何が何でもご両親の体調が崩すようなことがあってはいけない。
食べ物に気をつけ、ホテルも吟味し、道を渡るときには最善の配慮をしご両親から目を話さないように必死だった。
「生野菜を食べたい」と言うお父さんに叱咤したこともあった。
ご両親にしたら息苦しい旅だったかもしれない。
私もほんとうはもっと自由にご両親にミャンマーという国を知ってほしいと思うが、ここでは書けないがいろんな絡みがあってそれは無理だった。

ご両親もよく耐えて、10日間乗りきってくれたと思う。

いろんな思い、出来事が重なり、私は1人になってからも気持を切り替えることができなかった。



しかし、そんなのんびりもしてられない。

夜にバンコク到着だったから、早く電車に乗らなくっちゃ!

バンコクには古い友人が住んでいる。
今回は彼の家に泊めさせてもらう。
空港出る時に電話することになっていた。
事前に「バンコクの公衆電話は壊れてたり使えないから、携帯を国際通話対応にしてきた方がいいよ」と言われていた。
私は、今まで携帯を海外に持った行ったことがない。
今回バンコクで友人と連絡をとりあうために持って行った。

出発前に、ちゃんと携帯電話屋に行き、設定の確認をしてもらっている。
電車の出発時間もわかり、電話しようとしたら、ずっと圏外!!
あれーーー??

公衆電話を探すが、友人の言うてたように、使用不可能だった・・・

バンコクの使用不可能な公衆電話
受話器ないやん~


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プロフィール

かおり

Author:かおり
旅が大好きで、気がつけば50数カ国旅をしています。2006年念願だった旅行記を出版。
多くの人に旅の魅力やイスラムの国々の良さを知ってもらおうと、書著「やっぱり旅はやめられない イスラム編」を書きました。
2008年に第2弾となる「中国編」を出版。

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プロフィール写真は、私本人ですが実物はまるで違います…あしからず。

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  • ミャンマーを後にしバンコクへ(バンコクの公衆電話)
  • 2012年08月08日 (水)
  • 11時29分34秒
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by AlphaWolfy
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