チャン族

【四川省・貴州省の旅】2016.9/4-29 

9/5 Day-2-7《汶川》


だまし絵?トリックアート?の中身がない建物の隣に、民族チックな飲食店が4店ほど並んでいた。

(写真を撮るほどでもなかったので、撮ってない…)

店先には、長い謎の塊が吊るされてあった。

DSCF1606.jpg


これ、何だと思います?


これと同じものが、他の店にもけっこうぶら下がってた。


よく見ると豚の肉でした。

下をビニールで覆っているのは、吊るした豚の肉か出る油を受けるため。

もしかしたら、それがラードなのかな???


この写真の物はまだ油が溜まってなかったけど、他の物は黄色いベトベトの固まった脂が溜まっているのもあった。



町のすぐ横には川が流れ、立派な橋がかけられてある。

DSCF1604.jpg

よく見ると、つり橋風のデザイン。

昔、ここはツタかロープのつり橋がかかっていたところかもしれない。


この橋や道は、震災後に建設された物。

DSCF1603.jpg


2008年四川大地震後、震源地の汶川に中国軍がたどり着いたのは10日後だった。

その時のニュース映像では、汶川に行く道が寸断されていて、軍がゴムボートでこの川を上り、やっとたどり着いていた。

当時の映像では、何もかもが破壊され、町が崩壊していたことを覚えている。


当時の映像を思い出しながら、目の前にある立派な建物や道路、橋を見ていると、復旧の早さにも驚く。

20年前の映像も思い出すと、震災前にも徐々に人々の暮らしは変わってきてただろうけど、

この地域は震災で急激に景色が変わったんだろうな・・・と感慨深くなった。


この町の人たちは、どう思っているのだろう?

ジュジュちゃんの研究テーマでもある町の復興と今の暮らしをインタビューすることにした。


DSCF1605_20170112112343d57.jpg


このおばあちゃんは、汶川から車で一時間ほど行った山の村に住んでいる。

この日は汶川に住む娘に会いに来ていた。


私たちの明日から周辺の村々に行く予定だが、村々にはバスが出ていない。

どうやって村に行こうか悩んでいた。


おばあちゃんに論文テーマの質問の前に、素朴な疑問を聞いてみた。


私たち:「汶川までどうやって来たのですか?」


おばあちゃん:「車できた」


私たち:「誰の?」


おばあちゃん:「おじいさんの」


おじいさんが運転する車で夫婦で町に下りてきたらしい。

おじいさんが車を所有していることにも驚くが、運転できることにも驚いてしまった。


おばあちゃん:「今は道ができて、車ですぐ娘に会いに来れるようになった」


私たち:「それは地震後ですか?」


おばあちゃん:「地震の後、道が立派になった」


私たち:「今の暮らしはどうですか?」


おばあちゃん:「とても良い。満足している」


もう一人川辺で刺繍をしている女性にも話を聞いたが、震災後は道ができて便利になり満足していると話してくれた。


ま、人は便利になれば喜ばしいことで、不満を言う人はいなかった。


DSCF1587.jpg


DSCF1588.jpg


民族衣装を着ているのは、おばあさんばかり。




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プロフィール

かおり

Author:かおり
大阪出身
旅が大好きで、気がつけば40数カ国旅をしています。そして念願だった旅行記を2006年出版。
多くの人に一人旅の魅力やイスラムの国々の良さを知ってもらおうと、書著「やっぱり旅はやめられない イスラム編」を書きました。
2008年に第2弾となる「中国編」を出版。

最寄の書店での注文、もしくは上の“おすすめ商品!”の「やっぱり旅はやめられない」をクリックしてみてね!

プロフィール写真は、私本人ですが実物はまるで違います…あしからず。

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