1人目の被災者

【四川省・貴州省の旅】2016.9/4-29 

9/6 Day-3-2《汶川》

 

ジュジュんちゃんが事前に汶川周辺の村への行き方をインターネットで調べてくれていたが、ネットでは情報不足で、汶川に行ってから調べることになっていた。


汶川に行ってみると、バスは出ているらしいが、バス停はなく、時刻表も無く、汶川のメイン通りをミニバスがゆっくり走行し、人が集まれば出発するという乗り合いバスしかなかった。

乗り合いバスだと、いつ出発するのかもわからないし、村から帰りのバスが無いかもしれない。

バスだと格安だが1日1つの村にしか行けない。


できるだけ多くの村を回り、たくさんの村人にインタビューをしないといけない。

私たちは、車をチャーターすることにした。


メイン通りに出て、タクシーと交渉して村を回ってもらおうと思っていたが、車が全然捕まらずうまくいかなかった。

ジュジュちゃんがいろんな人に聞いてくれ、またまた通りかかった女性が、車をチャーターできる男性がいるというホテルに連れて行ってくれた。


運転手はチャン族。

20代でスタイルのいい男性だった。


11時から結婚式があるから、それまでの時間ならOKと言われた。

結婚式の後、午後からも村を回ってくれ、1日で120元。(約2000円)


まず、汶川近くの村「牛脳村」へ。

牛脳村は、運転手が暮らす地元の村だった。


汶川周辺の村へは、汶川を出て川沿いを走る一本道を少し走り、山道を登っていく。

どの村も山の中腹にある。

DSCF1631.jpg


運転手に話を聞くと、彼も被災者だった。


村までの道中、地震の時どうだったか質問した。

これは、ジュジュちゃんの研究とか関係なく、私の疑問。


Q:地震のとき、どこで何をしていたの?

A:2時半でちょうど昼食の為、家に戻っていてお昼ご飯を作っていた。 

あんな激しい揺れは初めてで最初地震とはわからず慌てて外に飛び出した。

あっという間に家が崩壊した。


Q:家族は無事?

A:僕の家族は全員無事だった。でも村では8名亡くなった。


Q:地震があって、その後はどうしたの?

A:道が崩壊し、村は破壊し、10日間援助隊が来るまで村から出れなかった。


Q:10日間もの間、飲食はどうしていたの?

A:火事は免れたから、家の物を外に持ち出し炊事も家の外でした。

食べ物は村で野菜を作っているから飲食にはそれほど困らなかった。


Q:救助来ると思ってた?

A:携帯電波がつながらなかったけど、あれほどの酷い地震だったから、他でも揺れていただろうし、政府の救助が絶対来ると信じていた。


彼が政府を信頼し、信じていることに私は驚いた。


通訳をしてくれていたジュジュちゃんに、

「彼は政府を信じてるの!?」と聞いた。

「そうですね。彼に限らず中国人はいざというときは政府を信じます」


中国は汚職が多く、普段は全然信用してないのに、大きな災害の時は政府を信じるみたい。



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プロフィール

かおり

Author:かおり
大阪出身
旅が大好きで、気がつけば40数カ国旅をしています。そして念願だった旅行記を2006年出版。
多くの人に一人旅の魅力やイスラムの国々の良さを知ってもらおうと、書著「やっぱり旅はやめられない イスラム編」を書きました。
2008年に第2弾となる「中国編」を出版。

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プロフィール写真は、私本人ですが実物はまるで違います…あしからず。

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