【四川省・貴州省の旅】2016.9/4-29 26日間

9/9 Day-6-2 《汶川》


食後、チャーターしている運転手に電話をするとすぐ到着した。

小さい町なので、5分もしないうちに到着する。


今日は、隣の理県へ行く。

ちなみに、汶川は汶川県。


汶川を出て、川沿いにずーーーっと走る。

途中いろんなヵ所で工事をしていた。

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運転手の話によると、

今、ダムの建設中で、今走っている道が使えなくなるため新たな道の工事中らしい。

震災後、復興の名のもとこの地域の土木工事が急ピッチに行われているように思えた。






四川大地震直後に現地に訪れていた防災システム研究所の山村武彦さんのHPが当時の写真とともに詳しくレポートされています。

http://www.bo-sai.co.jp/shisengentityousa.html

四川大地震を忘れた方はこちらを見てください。



【四川省・貴州省の旅】2016.9/4-29 26日間

9/9 Day-6-1 《汶川》


体調がどんどん悪化し、夜中に何度もお腹が痛くないりトイレに駆け込み出れなかった…

熱は、微熱。

腹痛に襲われ、ゆっくり眠ることができなかった。


ふつう一人で海外旅行している時に、ここまで体調が悪くなるとすごく不安になる。

ましてや野良犬に噛まれ傷もおっていて、狂犬病の恐れもあり、全身の機能すべてが日に日にだんだん悪化している。
毎晩、日本に帰る夢を見る。


彼女も今日も体調が悪いみたい。
体が痛く、重く、頭もボーーっとして重いと言う。
2人とも症状の酷さは微妙に違うが、2人してだんだん体調が悪くなっている。
彼女のニキビはどんどん酷くなっている。

彼女自身も体調が悪いのに、彼女は常に私の体調を心配してくれる。
自分がいながら、私が犬に襲われひどいケガを負ってしまい、狂犬病の恐れもあり、すごく責任を感じていた。
私は彼女に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。。。

2人とも体調が悪い為、てきぱきと準備ができない。

全身に傷みがあり、身支度するのが時間がかかる。
(日記にも頭が痛い、体が痛い、お腹が痛い…と毎日いっぱい書いている)
身支度に2時間もがかかり、11時宿を出た。

朝ごはんを食べに行くと、昼前でランチの時間と重なり各テーブルにはそれぞれ客が座っていた。
相席するしかなかった。

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私は辛くない混ぜ麺

同じテーブルに地元の老人が食べていた。
相席で座ることになり、JJちゃんにこっそり耳打ちされた。
「ここは田舎だから、反日の人がいるから知らない人の前では日本語は喋らない方がいい」と言われいた。
私は最小限しか話をせず黙々と食べていた。

食べ終わった時、向かいに座っていた老人が「日本人か?」と声をかけてきた。
私は黙っていた。
JJちゃんが、中国語で対応してくれた。
相手の反応をうかがいながら、私が日本人だと言ってもいいか見極めていた。

私が日本人だと伝えると、老人は私にめっちゃ力説しだした。
私は責められてるのかと思ってビビってしまった。
JJちゃんは、老人の力説に興味津々に聞き入ってた。

通訳してもらうと、
「四川省は中国で最も古い時代に都があった。
チャン族は優秀な人が多く、当時チャン族の役人が多かった。
王が不老不死の薬を部下に探させたとき、チャン族の優秀な役人が日本に渡った。
日本人が優秀なのは、チャン族の血が流れているからだ。
日本人のルーツはチャン族なんだ。
日本人とチャン族は兄弟なんだ」
このような事を力説していたらしい。

老人は日本人を嫌うどころか、私に「ここまでよく来た」と歓迎してくれた。

チャン族の中では知ってる人は有名な伝説らしい。
老人の説の真相はわからないが、そんな伝説があるのを初めて知った。


【四川省・貴州省の旅】2016.9/4-29 26日間

9/8 Day-5-5 《夢ト村》


旧夢ト村は廃墟になっていたが土壁で美しかった。

今は死んだ村のようになっているが、

地震前の村人が生活しているときに行きたかった・・・


旧村を見終え新村に向かっていると、急にお腹が痛くなってきた。

だんだん傷みが増してきて、もうダメ・・・

村の公衆トイレに駆け込んだ・・・

下痢・・・

腹痛がもっとひどくなり、トイレから出れなくなった・・・


あまりにも長くトイレから出てこないから、JJちゃんが心配するほど。


もともと体調が悪いのに、無理して旧村を回ったから下痢になったのかな・・・?


下山し汶川まで戻ったが、足は傷でズキズキと傷み、頭もガンガンする。

体のだるさも酷く、今度は腹痛・・・


今までは内臓は大丈夫だったが、今度は腹痛も・・・


私の体は悪いとだらけ・・・


悪い菌が体内でどんどん増殖しているような感覚だった。

私、どうなってるんだろう・・・


狂犬病にしては潜伏期間が早すぎる。

しかし、ここまで体調が悪くなると、抵抗力がなくなり、いろんな悪いウィルスが増殖してしまいそう・・・

それが一番こわかった。



JJちゃんもお腹の調子が悪く、私たちは夕食は食べに行かず、果物を買って宿に戻って食べることにした。



宿に戻ると、前日からいる男性一人と、ダブルルームにカップルが泊まっていた。


JJちゃんは、リビングで中国人客たちと雑談していた。


私は部屋に戻り、ベットでぐったりしながらもバナナや葡萄を食べる。


少しすると下痢が酷くなりトイレと部屋を行き来していた。


私は下痢などめったにない。

数年に一回程度。

腸が強い私が下痢になるなんて・・・

下痢ってこんなに辛いんか・・・って初めて思った。







【四川省・貴州省の旅】2016.9/4-29 26日間

9/8 Day-5-4 《夢ト村》


新・夢ト村から旧・夢ト村へは、たまたまインタビューしていた前の葡萄棚の横の小路から行けると言う。

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この写真の右側に細い小路が下に伸びていた。


=旧・夢ト村=

・標高1950m

・村の移転が終了した2016年現在でも旧村には8世帯が残り住んでいる。

・四川大地震で、この村で48名が死亡した。

・2010年にこの村の上に新しい村ができた。移転後この村は廃墟になった。

この村はもともとチャン族の伝統様式建築の民家が残っていたため、地震で崩壊したがそのまま村ごと野外博物館になった。


●汶川から夢ト村 行き方

 夢ト村へは、汶川からバスなど出ていない。車をチャーターして行く。





新村から下に伸びる階段を下っていると、村人が上がってきた。


この女性にもインタビュー

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今は新村に住んでいるが、下に畑が残っているため、畑仕事の帰りだった。


旧村の周辺には畑が広がっている。

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旧村へと降りて行く。


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昔の村は、壁だけが残っていた。


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残っている民家の門

(もしかして地震後に復元した物かもしれない。)


塀や家の壁、門は残っていて、だいたいドアには鍵がかけられてあった。


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だれもいない…ゴーストタウン。


そう思っていると、畑帰りの村人が歩いてきた!

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夕方遅くになると、畑仕事を終え家に戻る村人たちとちらほら出会えた。


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家の門の横の塀の上に、白い尖った石があった。

これは家を守る神聖なる石。


その家も門のドアの横には、郵便ポストのような穴がある。

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これは、門の鍵。

この穴に手を突っ込み、奥に木で細工をしているカギがあり開ける。

木の細工の鍵は、それぞれの家で違う。


今は、観光客が来るし、住民は新村に移転しているため、上の写真のように南京錠などで施錠をしていた。



門の上には、住所の番地まであった。

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運転手兼ガイドが門の鍵を開けてくれ、2軒の家の内部を見せてくれた。

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家の内部は、玄関上の小さな窓1つ。

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その上の屋根と壁部分にも換気用の広い隙間があった。

けっこう寒いと思う。


玄関入って正面

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二階もあった。

階段が無いがどうやって上がるのか聞いたら、当時ははしごがあったらしい。

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1つの部屋は4畳半ほど広さ

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村の中央部の一部にこんな立派な謎の建物があった。

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震災後に造られ、管理人の男性がいたが見るのもは何もない。

建物内には何もない。誰もいない。

震災の助成金だか援助金だかで作られた。

めっちゃ無駄…


建物の前には看板があった。

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英語、日本語、韓国語での表示があった。


この他にももう一か所、村の端っこ、景色が一望できる場所に、震災後に造られた立派だが無意味で謎の建物があった。

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地震後、政府の援助でこの施設が造られたが、一年後にはこのように廃墟になった。


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窓は破壊されていた


政府としては、震災の教訓を忘れない為に崩壊した村をそのまま保存し、観光客の為にこのような施設を造ったみたい。

しかし、それほど観光客など来ることなく、あっという間に無駄な建築物になってしまった。


村の端っこにあり、そこからの景色は素晴らしかった。


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正面に見える山々は3000m、4000m級の山。(もしかするともっと高い山かも?)

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旧夢ト村から山側を見ると、少し上に新夢ト村がある。


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【四川省・貴州省の旅】2016.9/4-29 26日間

9/8 Day-5-3 《夢ト村》


夢ト村で、前日インタビューをしていた老人たちを探していたが、見つからなかった。

村には人がいない。


やっといた人たち。

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チャン族の刺繍は、毛糸で縫い色がはっきりしている。



さらに村を散策していると、家の前で老人たち男女5人ほどがいた。

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JJちゃんが声をかけ、インタビューを開始すると、体調が悪そうな私に座れと椅子を貸してくれた。


私は絶不調・・・

JJちゃんのインタビュー中、私は頭が割れそうに痛く、全身もだるく、睡魔も酷く、しんどくて目を閉じていた。


老人たちが、私の顔色が悪い、唇が紫だけど、この人は大丈夫なのか?と心配してくれてたらしい。


JJちゃんのインタビューが終わり、私の疑問を質問した。


この家の前に、葡萄が実っていた。


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私;「この葡萄はいつ植えたのですか?」

村人;「8年前に植えた。 地震後この村に来てから植えた。

    今はやっと収穫できるようになった。」


新・夢ト村は、地震で民家がほぼ全滅し、村がそのまま上に移転した。


新・夢ト村の標高は、2000m

旧・夢ト村の標高は、1950m


村人は全員新しい村に移転したわけではなく、今も8世帯が旧村に住んでいるという。


インタビューしていた老人の一人が今も旧村に住んでいるという。

その老人は住み慣れた家の方がいいらしい。


移転した人に今の家はどうか聞くと、「新しい家もいい」と言っていた。


この村は、旧村のすぐ上に新しい村が造られたため、畑もそのまま使われている。

その為、村人は今も自由に旧村へ行き来している。


崩壊した村は、そのまま保管され、野外博物館になっている。





プロフィール

かおり

Author:かおり
大阪出身
旅が大好きで、気がつけば40数カ国旅をしています。そして念願だった旅行記を2006年出版。
多くの人に一人旅の魅力やイスラムの国々の良さを知ってもらおうと、書著「やっぱり旅はやめられない イスラム編」を書きました。
2008年に第2弾となる「中国編」を出版。

最寄の書店での注文、もしくは上の“おすすめ商品!”の「やっぱり旅はやめられない」をクリックしてみてね!

プロフィール写真は、私本人ですが実物はまるで違います…あしからず。

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  • 2016.9 四川省&貴州省
2017年03月17日 (金)
下痢で動けない・・・
2017年03月16日 (木)
旧・夢ト村
2017年03月15日 (水)
新・夢ト村
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by AlphaWolfy
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