【四川省・貴州省の旅】2016.9/4-29 26日間

9/9 Day-6-4 《旧・寒羌坪桃》


政府が造った新しい「寒羌坪桃」を見終えた後、車に乗り川沿いの一本道を進んでいった。


少し走ると、次の村に到着した。

観光客が少しいるが、さっきの新しい村と違って、ひっそりしていた。

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でも、味がある。

この辺りは地震で崩壊したはずだが、昔らしさが残っている村だった。


家の壁も小さな石を積み上げられてある。

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JJちゃんの説明によると、

この村は、先ほど行った新しい村(移転した村)の前の村。

四川大地震で村は一度崩壊した。


この村は、歴史が古く、昔からのチャン族様式の石造りの村だったため、

震災後、政府はこの村全体を保存することに決めた。


住民は、復旧後この村で住み続けてもいいが、政府が造った新しい村に移住してもかまわない。

住民自身がどっちに住むか決めていい。


その結果、新・寒羌坪桃には、30代、40代の若い世代が移り住んだ。

老人は旧・寒羌坪桃にとどまっている。


新・寒羌坪桃は、村を造る際、住む住人の意見を尊重し一階を食堂にし、2階、3階をホテルにも利用できるように4階建ての家を建てた。

建設費用は、政府が一部負担している。

(政府が決めたことに従わなければならないわけではなく、

住民の意思を尊重してることに驚いた。)


旧・寒羌坪桃は、昔ながらのチャン族様式で再建し、村全体を保存している。


村人はいるが、住んでいる人が少ない為、ひっそりしていた。


この地域は、昔から侵略が多く、争いが絶えなかった。

その為、旧・寒羌坪桃の村の下には、地下通路がある。

地下通路を見るためには、100元ほど入場料を支払わなければならない。


私たちは「行く?どうする?どっちでもいいよ」と二人同じ意見。

100元は1550円ほど。(2016年現在)

地下通路を見るだけで、1550円は高いなぁ…

地下だから暗い。

暗い通路を見るために1550円は高いな…

二人の意見は一致し、地下通路には行かなかった。


地下通路は見なかったが、村を隅々まで見回った。

地上にも通路がいくつかあった。


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地下通路もこんな感じかなー?

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急な階段を上がったところにドアがある家が多かった。


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地上は通路だが、上を見上げると建物があり、どこを歩いているのかわからなくなってくる。

まるでモロッコのメディナ。

迷路のようになっている。


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ね、モロッコ・フェズのメディナみたいでしょ。


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ドアが閉まっていると、建物内が全く見えない。

住民がいるのか、いないのかさえわからない。

村内は、外敵から身を守るため、どの家もこのような造りになっていた。


この村は山の傾斜を利用してつくられている。

その山の上には、村の守り神を祭っている祭壇があるというので行ってみた。

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傾斜が険しい岩山をよじ登ると頂上には、石を積み上げられた祭壇があった。

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祭壇からだいぶ降りてくる途中、村と見事な景色が一望できた。

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村に下りた時、たまたま玄関のドアが開き、おじいさんが出てきた。

私たちは家を見て見たかった。

おじいさんにお願いして、中に入れてもらえた。


通路から見ると、内部が全くわからず、どんな家なのか想像できなかった。

ドア(門)をくぐると、緑がいっぱいだった。


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写真左上はコンクリートの新しい建物。


右側は、昔ながらのチャン族様式の家。

地震で壊れたが復旧した。

中庭には葡萄だか何かの木が植えられ、自然の日陰で心地よい風があり、涼しくくつろげた。


このおじいさんは、チャン族の歴史にとても詳しく、チャン族伝統の骨とう品を多数収取し、博物館に貸していると言いう。

大部分は博物館に保管されているが、家にもまだチャン族伝統の骨とう品があるという。


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これは数百年前、もしかするともっと昔のチャン族のアクセサリー

赤と水色の石は本物の自然の石。

値段は付けられないくらい高価な物らしい。


↓は、糸を持ち歩くための糸の保存容器。

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昔のチャン族女性は、どこでも刺繍をしていたため、ネックレスの中に糸を保存できる物らしい。


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白、赤、ピンクの石の下、木の部分の内部に糸が保存できる。


↓のアクセサリーも下に引っ張ると小物入れになっている。

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これも、貴重な骨とう品で数百万するらしい。

(値段は男性の言い値)


このようなアクセサリーは、この男性のおばあちゃんの物で、おばあちゃんも先祖代々から受け継ぎ、とても貴重な物。



男性の家の中庭テラスから見える景色は、周囲の山と自分の家だけ。

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近所の家の内部はなぜか見えない。

テラスに出ても、隣人の様子は全くわからない。


男性の家の中を見せてもらった。

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入ってすぐキッチン。

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いろんな民家を見せてもらったが、チャン族の家の中には、このような手作りの刺繍の大きな壁掛けが必ずあった。


今では、電気が通っている為、薄暗い家に入ると、電気をつけてくれたが、昔のランプを見せてくれた。

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木の柱に突き刺しても使用できる。


おじいさんは、JJちゃんにチャン族の事をすごく詳しく説明してくれた。


私は、相変わらず体調が悪く、JJちゃんがおじいさんに話を聞いている間、木陰の椅子に座って、頭痛と犬に噛まれた傷の痛みに耐えていた。


話を聞き終え、私たちはおじいさんとお別れし家を出でると、またひっそりとした村の路地。

(路地の先に写っている人物は、私たちの運転手)

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元々の村人の若い衆の多くが、新しい村に引っ越したが、愛着があるこの村に住む人はまだ多いみたい。

昼間は戻ってくる人もいるらしい。


見事に修復されたチャン族伝統の旧・寒羌坪桃は見ごたえがあった。



この村を出るころには、JJちゃんと運転手から、私の「顔色が青ざめている」と指摘を受けた…

相変わらず謎の体調不良に見舞われていた・・・





【四川省・貴州省の旅】2016.9/4-29 26日間

9/9 Day-6-3 《寒羌坪桃》


川沿いに大きく立派な門が見えた。

近づくと、いかにも震災後に造ったチャン族風建築物。

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今日の目的地であった寒羌坪桃(村の名前)だった。

門の内側は広い駐車場。

大型バスが次々に入っていく。


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大型バスから中国人観光客がゾロゾロと降りてきて、みんな吸い込まれるように村に入って行った。

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村にはこのような銅像があった。

叩いてみると中は空洞のプラスチック製だった。

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村内は、真新しいいチャン族風の建物に、道には小川が流れ、木々が植えられ緑が多い。

村というとりちょっとしたテーマパークのよう。

チャン族風の偽テーマパーク村のよう。


寒羌坪桃も2008年に起こった四川大地震で村が崩壊した。

その後、チャン族の復興の村として、すぐ近くに新しい村を造り、村人はここに移住した。


村は、歩行者天国になっている。

メイン遊歩道の両側には、スカーフや雑貨、衣類を売る売店が並んでいる。

売ってる人は村人。


ほぼ全部の建物の一階は飲食店。

大型バスで立ち寄った乗客は、さらっと見学してただけで、誰一人村で食事をしようとせずバスに戻って行った。


ホテルの看板も上げている。


屋台の人に、この村についてJJちゃんがインタビューした。


私たちからみると、偽物のチャン族の村にしか見えないが、

村人たち数人に聞くと、誰もが大満足していた。


・きれいな家で住めるようになった。

・観光客が毎日来て、村にお金が落ちる。

・村人も現金収入がある。

・震災前までは貧しい村だったが、今は現金収入が得られるようになった。


「どの建物も食堂になっているが、なぜ?」と私が質問した。


「食堂やホテルにすれば、直接現金収入がある。

村(家)をつくるときに、みんな一階を食堂にし、二階はホテルにできるような家にした」らしい。


私はJJちゃんにボソッと「いつまで観光客が来るのかな…? このような造られた村は魅力が無いと思うけど…」と言った。


「カオリはいろんな国や地域に行って本物を見て知ってるから違和感があるけど、中国人のほとんどは本物か偽物の村かなど気にしない。

チャン族様式の村ならそれでいいと思ってる。

私やカオリのように、本物を見たいと思っている人は中国ではまだまだ少ない。

中国人はここ数年で旅行する人が増えた。

今まで旅行をしたことない人が多い。

旅行初心者は、他の地域に行くだけで満足する。

だから、造られた村かどうかなど深く考えないし気にしない。

中国は14億人もいる。

これからもっと旅行する人が増える。

四川大地震はとても有名だから、この地域に来たらこの村に立ち寄る。

何度も旅行し、本物を見た人が増えれば、このような村は違和感が出てくるけど、中国ではまだそこまでの域には達していない。」


その言葉を聞いて、妙に納得してしまった。




村のゲートには、ヒマワリごと種を売っていた。

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このヒマワリ屋台、結構人気があり、大型バスで来た観光客の多くがヒマワリごと買っていた。

こういう物も村人の現金収入になる。



【四川省・貴州省の旅】2016.9/4-29 26日間

9/9 Day-6-2 《汶川》


食後、チャーターしている運転手に電話をするとすぐ到着した。

小さい町なので、5分もしないうちに到着する。


今日は、隣の理県へ行く。

ちなみに、汶川は汶川県。


汶川を出て、川沿いにずーーーっと走る。

途中いろんなヵ所で工事をしていた。

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運転手の話によると、

今、ダムの建設中で、今走っている道が使えなくなるため新たな道の工事中らしい。

震災後、復興の名のもとこの地域の土木工事が急ピッチに行われているように思えた。






四川大地震直後に現地に訪れていた防災システム研究所の山村武彦さんのHPが当時の写真とともに詳しくレポートされています。

http://www.bo-sai.co.jp/shisengentityousa.html

四川大地震を忘れた方はこちらを見てください。



【四川省・貴州省の旅】2016.9/4-29 26日間

9/9 Day-6-1 《汶川》


体調がどんどん悪化し、夜中に何度もお腹が痛くないりトイレに駆け込み出れなかった…

熱は、微熱。

腹痛に襲われ、ゆっくり眠ることができなかった。


ふつう一人で海外旅行している時に、ここまで体調が悪くなるとすごく不安になる。

ましてや野良犬に噛まれ傷もおっていて、狂犬病の恐れもあり、全身の機能すべてが日に日にだんだん悪化している。
毎晩、日本に帰る夢を見る。


彼女も今日も体調が悪いみたい。
体が痛く、重く、頭もボーーっとして重いと言う。
2人とも症状の酷さは微妙に違うが、2人してだんだん体調が悪くなっている。
彼女のニキビはどんどん酷くなっている。

彼女自身も体調が悪いのに、彼女は常に私の体調を心配してくれる。
自分がいながら、私が犬に襲われひどいケガを負ってしまい、狂犬病の恐れもあり、すごく責任を感じていた。
私は彼女に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。。。

2人とも体調が悪い為、てきぱきと準備ができない。

全身に傷みがあり、身支度するのが時間がかかる。
(日記にも頭が痛い、体が痛い、お腹が痛い…と毎日いっぱい書いている)
身支度に2時間もがかかり、11時宿を出た。

朝ごはんを食べに行くと、昼前でランチの時間と重なり各テーブルにはそれぞれ客が座っていた。
相席するしかなかった。

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私は辛くない混ぜ麺

同じテーブルに地元の老人が食べていた。
相席で座ることになり、JJちゃんにこっそり耳打ちされた。
「ここは田舎だから、反日の人がいるから知らない人の前では日本語は喋らない方がいい」と言われいた。
私は最小限しか話をせず黙々と食べていた。

食べ終わった時、向かいに座っていた老人が「日本人か?」と声をかけてきた。
私は黙っていた。
JJちゃんが、中国語で対応してくれた。
相手の反応をうかがいながら、私が日本人だと言ってもいいか見極めていた。

私が日本人だと伝えると、老人は私にめっちゃ力説しだした。
私は責められてるのかと思ってビビってしまった。
JJちゃんは、老人の力説に興味津々に聞き入ってた。

通訳してもらうと、
「四川省は中国で最も古い時代に都があった。
チャン族は優秀な人が多く、当時チャン族の役人が多かった。
王が不老不死の薬を部下に探させたとき、チャン族の優秀な役人が日本に渡った。
日本人が優秀なのは、チャン族の血が流れているからだ。
日本人のルーツはチャン族なんだ。
日本人とチャン族は兄弟なんだ」
このような事を力説していたらしい。

老人は日本人を嫌うどころか、私に「ここまでよく来た」と歓迎してくれた。

チャン族の中では知ってる人は有名な伝説らしい。
老人の説の真相はわからないが、そんな伝説があるのを初めて知った。


【四川省・貴州省の旅】2016.9/4-29 26日間

9/8 Day-5-5 《夢ト村》


旧夢ト村は廃墟になっていたが土壁で美しかった。

今は死んだ村のようになっているが、

地震前の村人が生活しているときに行きたかった・・・


旧村を見終え新村に向かっていると、急にお腹が痛くなってきた。

だんだん傷みが増してきて、もうダメ・・・

村の公衆トイレに駆け込んだ・・・

下痢・・・

腹痛がもっとひどくなり、トイレから出れなくなった・・・


あまりにも長くトイレから出てこないから、JJちゃんが心配するほど。


もともと体調が悪いのに、無理して旧村を回ったから下痢になったのかな・・・?


下山し汶川まで戻ったが、足は傷でズキズキと傷み、頭もガンガンする。

体のだるさも酷く、今度は腹痛・・・


今までは内臓は大丈夫だったが、今度は腹痛も・・・


私の体は悪いとだらけ・・・


悪い菌が体内でどんどん増殖しているような感覚だった。

私、どうなってるんだろう・・・


狂犬病にしては潜伏期間が早すぎる。

しかし、ここまで体調が悪くなると、抵抗力がなくなり、いろんな悪いウィルスが増殖してしまいそう・・・

それが一番こわかった。



JJちゃんもお腹の調子が悪く、私たちは夕食は食べに行かず、果物を買って宿に戻って食べることにした。



宿に戻ると、前日からいる男性一人と、ダブルルームにカップルが泊まっていた。


JJちゃんは、リビングで中国人客たちと雑談していた。


私は部屋に戻り、ベットでぐったりしながらもバナナや葡萄を食べる。


少しすると下痢が酷くなりトイレと部屋を行き来していた。


私は下痢などめったにない。

数年に一回程度。

腸が強い私が下痢になるなんて・・・

下痢ってこんなに辛いんか・・・って初めて思った。







プロフィール

かおり

Author:かおり
大阪出身
旅が大好きで、気がつけば40数カ国旅をしています。そして念願だった旅行記を2006年出版。
多くの人に一人旅の魅力やイスラムの国々の良さを知ってもらおうと、書著「やっぱり旅はやめられない イスラム編」を書きました。
2008年に第2弾となる「中国編」を出版。

最寄の書店での注文、もしくは上の“おすすめ商品!”の「やっぱり旅はやめられない」をクリックしてみてね!

プロフィール写真は、私本人ですが実物はまるで違います…あしからず。

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旧・寒羌坪桃
2017年03月23日 (木)
寒羌坪桃
2017年03月17日 (金)
下痢で動けない・・・
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